TBS「ザ・ベストテン」に出演を拒否し続けた歌手たち【音楽番組の闇シリーズ⑤】

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従来の出演してくれる歌手ありきの「キャスティング方式」から、
出演の可否は関係なく公平な順位を基にした「ランキング方式」へ、
ザ・ベストテンは歴史に残る大転換をしたのでした。

このため、今までの音楽番組には出演できなかった
珍しい歌手たちが登場し、楽曲のよさで勝負できた時代でした。

特に、今までの音楽界を牛耳ってきたアイドル系、演歌系、歌謡曲系だけでなく、
ロック、フォーク、ニューミュージック系の出演に
放送翌日の学校や職場は話が持ちきりでした。

そんな中、ニューミュージック系を中心に
TBSのスタジオでは歌わず、中継で歌うこと、
あるいは、出演を拒否・辞退することが、
反体制を表すカッコよさの象徴
とされた時代でした。

毎週ランキングボードが回転し、メディア露出が少ない歌手がランクインすると、
今週こそは出演かと胸をどきどきさせたものでした。
でも、ミラーゲートから誰も登場せず、
司会者が謝る姿に、残念でもあり、やっぱりな~と納得もしましたね。

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出演できない理由としては・・・
■レコーディング中
■コンサート中、あるいはリハーサル中
■コンサート移動中などスケジュール調整がつかない
■ファンと向き合えるコンサートを大切にしたい
■テレビではうまく表現できない
■自分の楽曲をランク付けされたくない
■出演の意志が固まらない・・・など


前置きが長くなりましたが、
今回は1978年放送開始から、
89年放送終了までの約12年間の中で、
ランクインするも一度も出演しなかった
「出演拒否し続けた歌手たち」を取り上げます。


ベストテンに出演拒否し続けた歌手はこれだ!


89年の最終回の翌週に
今まで登場した歌手達や歴代司会者が一堂に会した
「さよなら ザ・ベストテン」という特番がありました。
この中で「出演拒否」というコーナーがあり、
今回の参考にしました。

この特番によると、
12年間の放送の中で、たった19組の歌手たちだけが、
出演拒否したとのこと。
ベストテン出演歌手数を考えると意外と少ない
ですよね。

ただし、
自分の記憶が正しければ、
宮沢りえ「ドリームラッシュ」は結局出演拒否だったり、
久保田利伸はライブ映像のVTR出演だけで実質拒否だったり、
19組だけではなかったと思います。

出演拒否かと思われた大物アーティストでも、
念願の出演が叶った歌手もいましたね~。

井上陽水は「いっそセレナーデ」ランクインで数回も出演。

松任谷由実は自宅での食事の際に、旦那の正隆さんに、
「来週にでも出演してみれば?」と軽く言われて
「守ってあげたい」で1回だけのスタジオ出演が実現。

松山千春はスタッフの粘り強い出演交渉の末に、
「季節の中で」を中継で熱唱。
視聴者に向けた独壇トークが8分を越え、
その後の1位の百恵ちゃんが歌えなくなったという
エピソードは有名ですね。

それでは、
年代をさかのぼって出演拒否を紹介していきます。

⑲89年:COMPLEX「BE MY BABY」

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吉川晃司と布袋寅泰の期間限定ユニット。
当時この1stシングルのPVが話題でしたよね。
不仲になるとは想像つきませんでした。
この曲はTVで一度も歌唱しませんでしたが、
2nd「1990」は夜ヒットで披露しました。

⑱:89年:THE BLUE HEARTS「TRAIN TRAIN」

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ドラマ「ハイスクール落書き」主題歌。
甲本ヒロトの蝿のような落ち着きのない歌い方が話題に。
この曲はMステで披露、夜ヒットにも出演してましたね。

⑰88年:米米クラブ「KOME KOME WAR」

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彗星のように現れ、最初はコミックバンドかと思いました。
夜ヒットには頻繁に出演し、
この曲はMステで披露してました。
なぜベストテンに出演しなかったのでしょう。

⑯88年:氷室京介「ANGEL」

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BOOWY解散後のソロ第一弾。
他の番組にもしばらく一切出演しませんでしたが、
たった1度だけ、レコード大賞アルバム賞を受賞し、
年末にこの曲を光GENJIと同じ舞台で披露したのが、
驚きでしたね。

⑮88年:山下達郎「GET BACK IN LOVE」

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ヒット曲のRIDE ON TIMEでチャートインしたのかと思いきや、
この曲で初ランクインとは意外ですね。
達郎さん、今まで一度も音楽番組出演なし。
それどころか、動く映像はほとんど解禁されておらず、
PVさえも本人出演一切なし。
メディア戦略に頼らず楽曲のみで勝負する姿勢に
一貫性がある、唯一無二のアーティストです。

⑭88年:仲村トオル「It's Alright」

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ビーバップ出演直後の人気絶頂期の作品で、
この曲の歌唱は他でも一切ありません。
というか、ソロではオンチすぎます(汗)
映画の番宣を兼ねて、
共演した一条寺美奈と「新宿純愛物語」をデュエット出演
したことはありますが・・・

⑬87年:尾崎豊「核(CORE)」

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12インチシングルなのにヒットしましたね。
後半は尾崎にお約束の絶叫する曲です。
テレビに出演するわけがないと思ってましたが、
薬物事件後に、夜ヒットでたった1回だけ
「太陽の破片」を熱唱し話題になりました。

⑫87年:BOOWY「B・BLUE」

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今や日本のロック界のレジェンドとなった
伝説のバンド。
氷室と布袋の犬猿の仲で復活は絶望的ですね。
マリオネットもランクインしましたが出演ならず。
夜ヒットには「わがままジュリエット」「B・BLUE」「ONLY YOU」の
三回も出演。
オールナイトフジにも意外にも出演しました。

⑪87年:ビーバップ少年少女合唱団「ビーバップパラダイス」

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当時ブームを巻き起こした不良映画「ビーバップハイスクール」
出演者の仲村トオル、清水宏二郎、宮崎ますみの3人のユニット。
日テレのトップテンだけは出演しました。

⑩85年:松任谷由実・小田和正・財津和夫「今だから」

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ALL TOGETHER NOWというチャリティーイベントに集った
大物歌手たちの企画もの。
このメンツじゃあ絶対出演しないでしょう。
代々木国立競技場でのイベントライブでのみ披露。
今現在もCD化されていません。

⑨85年:大沢誉志幸「そして僕は途方に暮れる」

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夜ヒットで一度だけ披露。
カップヌードルのCM曲として火がつきました。
明菜のヒット曲「1/2の神話」を作った人です。

⑧84年:小林麻美「雨音はショパンの調べ」

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この大物女優、セレブ婚をきっかけに潔く引退し長年たちますね。
この人、テレビで歌唱したのは皆無だと思います。
ウィスパーボイスが特徴で、作詞はユーミン。

⑦83年:村下孝蔵「初恋」

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きゅんとなる名曲ですよね~。
おっさん化した晩年、懐メロ番組では多くこの曲のギター弾き語りしてましたね。
当時のプロデューサーの山田修爾氏が著書「ザ・ベストテン」の中で、
村下さんとの出演交渉の思い出をこう記しています。

私は出演交渉のために、金沢のコンサート会場に飛んだ。顔を合わせればにっこり笑って、
「やあ、どうも」
と挨拶してくれる。心優しい人間性がほんわかと伝わってくる。私は説得するも
「私の曲はメジャー向きではありませんよね。それに・・・そんな大舞台に出てしまうと、私を支えてくれるファンが・・・怖いんですよ、ベストテンが・・・」
そこで交渉は途切れた。その16年後、村下さんの訃報を聞いた。葬儀に参列し、読経が流れる間「一度でいいからベストテンで見たかった」と思った。



⑥83年:EPO「うふふふ」

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夜ヒットでこの曲は披露。
その後、よく懐メロ番組で歌唱してましたね。
メンタルを病んだ後、カウンセラーのような活動もしているとか。

⑤80年:オフコース「さよなら」

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もう名曲です。
他の音楽番組にもほとんど出演せず。
チャリティー番組「LIVE AID」や、
フジ「ひょうきんベストテン」には別の曲で唯一出演。
その後、ソロになった小田和正さんも、
メディア出演はほとんどなし。
でも、ドラマ効果で大ヒットになった
「ラブストーリーは突然に」でFNS歌謡祭に
初めて出演(コンサートリハーサル会場からの中継で、
口パクだった)
今ではTBSの風物詩ライブ「クリスマスの約束」に
年一回出演するのが恒例化。

④79年:チューリップ「虹とスニーカーの頃」

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ニューミュージック系の反体制のはしりは、
フォークソング勢でしょうね。
この頃は幼すぎて記憶にありません(汗)

③78年:南こうせつ「夢一夜」

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かぐや姫の頃からフォーク勢として、
当時あまりテレビには出演していなかったようです。
この曲超いい。NHKのワンマンショーのみ当時歌唱したみたい。
おっさん化した現在、懐メロ特番でよく歌ってますね。
こういう現象って、残念。
年取ると今までのポリシーを曲げて妥協するんでしょうか。

②78年:矢沢永吉「時間よ止まれ」

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テレビに出演しない歌手として当時有名でしたね。
その後、中年になるにつれ、夜ヒットやミュージックフェアには
たまーに出演。
最近やっと出演した紅白ではこの曲披露してました。

①78年:中島みゆき「わかれうた」

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ベストテン出演拒否第一号だそうです。
放送開始第1回目にランクインするも出演拒否。
この曲は夜ヒットやミュージックフェアでは歌唱。
ギターを弾き語る暗い幸薄そうな女ってイメージでした。
「悪女」などその後のヒットもテレビ歌唱一切なし。
でも、最近、紅白には「地上の星(黒部ダムから)」
「麦の歌」など熱唱。
プロジェクトXへのオマージュとして、
NHKスタジオ録画で「ヘッドライト・テールライト」を
歌唱しました。

当時のプロデューサーの山田修爾氏が著書「ザ・ベストテン」の中で、
中島さんとの出演交渉の思い出をこう記しています。

山梨のコンサートの終わりを待って、近くの居酒屋で中島さんと会うことになった。中島さんは北海道の人らしく、肌の色が白く髪の毛を肩下まで伸ばした知的な美人だった。初対面で口が重かった中島さんも、ボツリボツリ話し始めてくれた。
 かつてTBSの音楽番組に新人として歌うこともなく出演した経験がよい思い出ではなかったこと。テレビ出演は中島さんの音楽活動の中で、今は考えられないことなどを、やさしくゆっくりと説明してくれた。
 中島さんは気が楽になったのか、しばらくは音楽談義に花を咲かせた。そして別れ際、
「がんばってくださいね」
と笑顔で送り出してくれた。




ベストテンにとって、出演拒否が意味したもの


「さよなら ザ・ベストテン」という特番の中で、
出演拒否歌手を紹介する時、
一同に会した歴代司会者が順番に頭を下げ、いつものように
「申し訳ありませんでした」と謝る演出があったのですが、
最後の久米宏だけが、
「心からお詫びしたことは、一度もありませんでした」
と本音を言い、会場は大爆笑。
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それを聴いて、黒柳さんも、
「みんな謝りながら、なんで俺が謝らなきゃならないんだってこと
あったんじゃないですか?」ってつっこんでたっけ。

さて、
上記19組の出演拒否年数をご覧いただきたい。
晩年の88~89年に特に集中しています。
テレビに出演しなくとも、ラジオ・有線やライブ活動で、
ファン層をつかみ、確実にレコードが売れたから。

だから、最終回で黒柳さんが、
「このところ、出演しない方が増えて、ランキング番組が
成り立たなくなってしまった・・・」

淋しそうに説明してました。

ただし、
この音楽番組に出演しないというスタイルが、
新しい歌手や楽曲の在り方を切り開いてきたのも事実。

一方、
近年のCDが売れない中、
売上を稼ぐのにライブ活動や多様な音源(音楽配信等)が
重要視されるに伴い、
歌手達は積極的にメディア露出をするようになっています。

今後は音楽番組の在り方もさらに変わっていくでしょう。

もし、現在、ベストテンのような
全員出演型のランキング番組があったなら、
どうなっているでしょうか?


松任谷由実「A HAPPY NEW YEAR」【アルバム「昨晩お会いしましょう」収録曲】

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【発売年日】1981/11/1
【最高順位】1位(アルバム)
【年間順位】45位(アルバム:1981年)
      22位(アルバム:1982年)



あけましておめでとうございます。

年末年始の街が静まり返った夜になると、毎年聞きたくなるのがこの曲。正月の歌というと、ポップでハッピーな曲が多い中、この曲の陰りやささやくような静けさが好き。

ユーミン音源は配信されていないので、かわりにマッキーバージョンを。




この曲の情報アラカルト


アルバム収録曲ながらユーミンの代表曲の一つになりました。同日発売のシングル「暗闇をひとり」のB面曲でもあります。

映画「私をスキーに連れてって」劇中歌としてもリバイバルしました。

印象的なアルバムジャケットは、ピンク・フロイド等のヴィジュアルで有名なヒプノシスが手掛け、意味深なジャケット・ワークも話題を呼びました。

発売2年間にわたり年間チャート上位に入るのですから、じわじわ売れ続けたのでしょうね。かの大ヒット作「守ってあげたい」も収録されている影響でしょうか。

本作から1997年『Cowgirl Dreamin'』(28作目)まで、17年間、17枚連続で、オリジナルアルバムが最高位1位を獲得するという快挙だそうです。

歌詞がいいですね~

今年もたくさん いいことが あなたにあるように いつも いつも・・・




この曲にまつわる思い出


2000年から2001年に変わる時って巷は「ミレニアム・フィーバー」で盛り上がりましたね。

この年の12/31~東京国際フォーラムで行われたユーミンの「カウントダウン・ミレニアムライブ」のチケットが幸運にもとれて行きました。

ただし、テレビ番組「ウリナリ」とのタイアップ企画だったので、いや~な予感が・・・

31日のライブ前半で、ウッチャン、千秋、ウド鈴木からなる「ポケット・ビスケッツ」が登場し、ユーミンとのコラボシングル「ミレニアム」を披露し会場を沸かせたまではよかったのです。
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年が明けて、いよいよライブも終盤、この意味あるライブだから映えるユーミンの真骨頂曲「A HAPPY NEW YEAR」が静かに始まりました。

ユーミンが1番を切々をうたい上げた後、ステージ袖にスポットが。いや~な予感が的中!ポケビのメンバーが一人ずつ裏から出てきて、この曲をソロで歌い始めるではありませんか。

せっかくのこの曲、ミレニアムのステージが台無しで、自分含めお客はかなり引いてました(汗)。全編ユーミンだけで聞きたかった・・・


歌番組:TBS「合言葉は音楽気分」より

松任谷由実   A HAPPY NEW YEAR 1986年1月放送 TBS 『合言葉は音楽気分!』_Snapshot.jpg
※YouTube関連動画はこちら

86年1月4日放送で、番組タイトルが「1月1日 パリだから!」というもの。この回はユーミンが「パリ・ダカール・ラリー」の模様をロケし、冒頭にこの曲を歌いました。

この頃、テレビにほとんど出ず、飛ぶ鳥を落とす勢いのバブル期の女王であったユーミンが、しかもアルバム曲を歌うなんて貴重映像です。

ただし、口パク。ま、いいとしよう。

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エッフェル塔の前の噴水広場でピアノ弾き語りをしてます。なんてバブリーな時代だったんでしょう。オレンジの衣装がとても映えますね。

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曲前半は昼間、後半は夜収録で、息が白いので薄い衣装で寒そうに歌っています。

この番組、パリダカに出場する山本正美さんをユーミンが追いかけるという設定。
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二人おしゃれなバーでの語らい
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ユーミン自身もパリダカのスピードを体験します。ただし、免許ないのでパリのおっさんドライバーの助手席で。
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特番:NHK「Yuming Films 〜映画になったユーミン・ソングス〜」より

【TV】 松任谷由美 「 A HAPPY NEW YEAR 」 2007.mp4_000046912.png

前述の86年テレビ歌唱から10年近くたった2007年12月29日、ベストアルバムのプロモーションとして企画された”ユーミンのアルバム内の歌を主題歌とするショートムービーを製作するプロジェクト”が放映されました。

「リフレインが叫んでる」「青いエアメイル」「A HAPPY NEW YEAR」の3本のショートフィルムで構成されており、この曲は「新年好!〜A HAPPY NEW YEAR」(監督:渡辺賢一、主演:塚本高史)としてドラマ化されました。

記憶が確かなら、カラオケボックスのアルバイトの中国人女性が2月の中国の正月(春節)に大切な人に合うので仕事を早退できるよう、塚本扮する男性バイトが応援するって話だったかなあ。

設定が斬新すぎて、曲のイメージとはしっくりこなかった印象が・・・。

フィルムの合間に、ユーミンが「青いエアメイル」「A HAPPY NEW YEAR」の2曲をスタジオライブし、まだこの頃もテレビでの歌唱が少なかった頃だったので、驚いた思い出があります。しかも生歌で。
【TV】 松任谷由美 「 A HAPPY NEW YEAR 」 2007.mp4_000157858.png


音楽番組:フジ「僕らの音楽」より

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その後、ユーミンも時代の流れに逆らえず、テレビ出演が増えます。この頃は、ユーミン曲を若手歌手とコラボするって企画が多かったです。

この曲でも、スガシカオとのコラボです。ユーミンはもう高音が出なくなっていて残念です。

この他、ユーミンの過去記事もあわせてどうぞ!
ユーミン×帝劇『朝陽の中で微笑んで』【感想】未来の純愛の形がこれか?

荒井由実「雨の街を」【アルバム「ひこうき雲」収録曲】

荒井由実「あの日にかえりたい」

ユーミン×帝劇『朝陽の中で微笑んで』【感想】未来の純愛の形がこれか?

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私が敬愛してやまないユーミン嬢の3年ぶりの帝劇に行ってきました。

今回は、ユーミン自身も最も歌唱が難しいと言っている荒井由実時代の名曲「朝陽の中で微笑んで」をモチーフにしたもの。
ユーミンバージョンが公開されてないので、代わりにハイファイセット。

この曲個人的に好きなんですよね~。なんだかやるせない雰囲気というか、テンション下がってる時に聞くと寄り添ってくれるというか・・・

テーマはずばり「時空を超えた純愛物語」

脚本&演出の旦那松任谷正隆さんは、前回に「次のテーマはSF」と公言してましたね。

会場の様子のレポートと自分の感想をご紹介します。


曲目セットリスト&曲の感想


結構マニアックな曲ばかり。多くの客は拍子抜けだったでしょうね。

自分的にはこの暗めの選曲は好きだったりするんですが。

・Age of our innocence(アケイシャ)
・未来は霧の中(OLIVE)
・ランチタイムが終わる頃(PEARL PIEACE)
・砂の惑星(THE DANCING IN THE SUN)
・愛と遠い日の未来へ(POP CLASSICO)
・雨に願いを(POP CLASSICO)
・Now Is On(FROZEN ROSES)
・Called Game(Cowgirl dreamin')
・流星の夜(FROZEN ROSES)
・Autumn Park(ALARM a la mode)
・水の影(時のないホテル)
・朝陽の中でほほえんで(14番目の月)
・PARTNERSHIP(acacia)
・やさしさに包まれたなら(MISSLIM)



客層はアラフィフが多く、ユーミンとともにファンも高齢化してるなあって実感。

出演俳優のファンや芝居好きというより、ユーミンファンが圧倒的に多いみたい。

最後のカーテンコール後、客の拍手にこたえてユーミンが登場し、「卒業写真」をうたった。

個人的には「またこの曲か」という感じ。最近のライブでもいつもこればっか。好きじゃない。
昔は「ノーサイド」とかやってくれてたのに・・・

でも、多くの客はのりのりで、手拍子が聞かれるほど。

おいおい、しっとりバラードだよなあ。手拍子やめてくれー!

カーテンコールの曲も、芝居のどろどろ暗いイメージとは真逆の、なぜか「やさしさに包まれたなら」だったし・・・

芝居の重い余韻がどこかにふきとんじゃいました(汗)

芝居の概要


今回で3回目。

この手のエンタショーの先駆けは中島みゆき「夜会」でしょう。
ただし、違いはみゆきは芝居もするが、ユーミンは歌唱に徹するのみ。俳優陣は別。

■第一回(2012)「8月31日~夏休み最後の日」
交通事故で重傷の男のもとに元カノが呼び寄せられ、男の脳内で再開し二人の誤解をひもといていく

■第二回(2014)「あなたがいたから私がいた」
老人ホームの入所老婆の過去(戦時中)にさかのぼり、幼馴染の女友達や男友達との三角関係のすれ違いが

今回第三回(2017)「朝陽の中で微笑んで」
(出演)寺脇康文、宮澤佐江、他
(あらすじ)
時代は500年後の2517年。職を失った中年男・鳴沢肇(寺脇)は、ある容疑で警察の取調べを受けていた。鳴沢には、20年前に結婚を約束しながら、不治の病で亡くなった恋人がいた。しかし今、彼女に生き写しの女性・紗良(宮澤)が18歳を迎えていた……。折々にストーリーテラーであるユーミンが登場し、物語の世界へと誘っていく。


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舞台装置もプロジェクションマッピングを駆使し、近未来のバーチャルさを再現してます。
蓮の花のセットも輪廻転生を彷彿させていいアクセントになってました。

芝居(ストーリー)に物申す【ネタバレ注意】


【よかった点】
■ライブではかすれがちな、ユーミンの歌声が安定していて高温ものびやかだった。(近年の歌声劣化はかわいそうなくらいです)
・朝陽の中で~という高低激しい曲をよく歌い切った。

■三回の芝居の共通テーマ「時空を超えた純愛」が今回もふれていて、ブレない点

■三回の芝居の中で一番暗く重いストーリー展開だったこと(自分、根暗なもんで共感しやすかった)

■男の死んだ恋人への募る思いから、恋人の「クローン」を作るという設定。未来の課題に「クローン」は現実味があったから。

■クローン狩りのことを、「殺す」ではなくて「廃棄する」と表現していて、銀河鉄道999の「機械の体」の設定を思い出し、少年の心がきゅんとなった(笑)

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【いまいちな点】
■500年後なのに、現代じみていて、見ててしらけちゃった点
・「紙の診療カルテ」「携帯」など、ありえないかな。
・曲も「wanderer」「Love wars」「不思議な体験」の方が、未来SFチック感満載な感じがするが。このSF感と今回の純愛感のイメージは違うのかな。

■男(寺脇)とクローン女子(宮澤)が警察によって引き裂かれるシーンで、寄り添う沈黙の時間が長すぎて間延びした感が否めない。
・仕事帰りだったせいもあり、眠くなってしまったzzz
・すすり泣く客もいて、そのお決まり感にしらけ~

■刑事の息子(山田ジェームス武)が自分の母もクローンだったことを知り、号泣するシーン。
・曲の間、ずっと床にひれふして嗚咽。山田さんの演技力にはあっぱれ(よく毎回喉が持つなと)。でも、大の大人があの号泣はないなとドンびいてしまった。

■今回のテーマソング「朝陽の中で微笑んで」は静かでじんわりあたたかな中での重さというイメージを自分は持っていたのだが、演出は違った。
・クライマックスでこの曲の歌唱中、男とクローン女子がずっと叫びながら緊迫した引き裂かれるシーンだった。曲のイメージとちと違うかな。


まとめ


三部作とも、人間の内面世界に焦点をあてて、重々しいストーリー展開ばかりだったので、「恋の任侠」と称されたバブル期の曲設定で芝居しても面白いかな。

ざ・ユーミンってやつ。

例えば、丸の内のキャリアウーマンの恋模様や孤独を描くとか。
曲は、往年のヒット曲「リフレインが叫んでる」やホイチョイムービーで使われてたやつとか。

客層もバブリー世代なので、懐かしんでくれるんじゃないかな。

あるいは、ユーミンも年を重ねてこういう内面世界の芝居をつくってるんだろうから、もっと重くディープに。

たとえば、「コンパートメント」をテーマ曲にし、♪白い~ねむり薬~、とか、♪どなたか~わたしを~あわれんで~、とか。自暴自棄や自殺願望的などん底ってやつ。

もっとも、この手になると、みゆきワールドと重なってしまうかな?

三部作の中で、自分的には前回の戦時中をテーマにしたものが一番よかったかも。
特に、山場の全員が桜吹雪の中で円になって「春よ来い」を歌唱するシーンはぐっときた。

このショーは、ユーミンの曲がもつ抒情的な力を芝居で再現するという、ユーミンならではの試みだと思う。なんだかんだいいましたが、ユーミンには今後も続けてほしいですね。

恐怖!音楽番組放送中に現れた幽霊の正体とは?【音楽番組の闇シリーズ④】

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音楽番組の視聴者から
「あの歌手の歌唱シーンで幽霊が写っていた」など、
問い合わせ電話が多数寄せられることも。

今回は、
数ある事件の中から、
有名なものをピックアップ。

ただの幽霊ではないんです。
悲しいエピソードが重なるケースも。

これはネットのゴシップを集めたものなので、
信じるか、信じないかは、あなた次第です!


幽霊検証①「自殺した岡田有希子の亡霊か?」


人気絶頂だった岡田有希子は、
86年4月8日、所属事務所のビルの屋上から飛び降り
18歳という若さで亡くなりました。

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自殺理由は、
遺書にあった、ドラマで共演したベテラン俳優の峰岸徹氏の名前や、
うつ病だったという説など様々で未だ謎。

その直後、ファンの後追い自殺が後を絶えず、
「ユッコシンドローム」として話題になりました。

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当時、自分もニュースを知って呆然。
カネボウのCM曲「くちびるNetwork」で初の1位、
女に磨きがかかってた矢先だったので。
次作の「花のイマージュ」が発売中止になったのも
本当に残念でした。


その直後、巷で騒然になったのが、
「夜のヒットスタジオ」の中森明菜歌唱中に
ユッコの幽霊がいる
という視聴者の電話が殺到したこと。

明菜は当時、ユッコとライバル視されていました。
自殺の直後のベストテンで、
黒柳さんが「悲しいお知らせ」として説明している時、
明菜が下を向いて涙ぐむシーンが印象的でした。

当時、ワイドショーや週刊誌はこの話で持ちきりになりましたが、
幽霊と分かるできるシーンは断定できず。
迷宮入りになりました。

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問題の、ユッコの幽霊出現と騒がれた放送回。
両方とも、明菜が「ジプシークイーン」を歌唱している時のこと。

【86年5月28日の放送回】
↓↓これは、確実に、バックで聞いている女性歌手のシルエットでしょうね。
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【86年6月18日の放送回】
↓↓バックの白い顔をした邪悪なものの正体は「デーモン閣下
閣下の顔の左横の「ユッコの血まみれの顔」と騒がれた正体は、
登場階段上の赤い花
yukiko yoruhit ghost2.jpg

「ジプシークイーン」の歌詞には、

125ページで終わった恋」
ユッコが亡くなったとされる時間は12時5分

アスファルトのベッドにため息こぼれる」
アスファルト目がけて飛び降り。

これらは偶然の一致でしょうか??


幽霊検証②「大塚愛の亡き元彼の逆拍手」


大塚愛が2005年にリリースした「プラネタリウム」
亡き元彼への思い出をつづったものらしい。

「行きたいよ君のところへ・・・」というサビが
妙に説得力を増しますよね。

この曲をMステでファンの前で歌唱中、
このファンの群れの隅に、青白い顔をした男がいて、
曲の最後の拍手で「逆拍手」をしていたというもの。

m-sta ootsuka ai-ghost.png

逆拍手とは、手の甲での拍手のことで、
手話では「こっちにおいで」という意味らしい。
亡くなる前の彼氏は福祉の仕事をしていたらしい。

つまり、逆拍手をした男の正体は、
元彼の亡霊だというのだ。

これを見たスタジオのファンが失神したとか、
スタッフが大声を挙げたとか・・・
都市伝説化しているそうです。


幽霊検証③「嵐の二宮の後ろの画面の女の影に注目」


2004年8月13日OAの歌唱画面を振り返る特集シーン。

二宮くんの後ろの画面では、
当時出演していたドラマ「南くんの恋人」を流していたそうです。
右上の女性は共演者の深田恭子のはず。

でも、彼女の影を見てください。
まったく別人の影で、両手を掲げて驚いた様子の影
ちょっと笑えます。

m-sta ninomiya ghost.jpg

合成かどうかは定かではありません・・・



荒井由実「雨の街を」【アルバム「ひこうき雲」収録曲】

hikohki-gumo.jpg

【発売年日】1973/11/20
【最高順位】9位(アルバム)
【年間順位】11位(アルバム:1976年)


「雨うた」シリーズ第二弾。
このブログ初のアルバム収録曲です。

デビューアルバムにして、この曲、ユーミンの真骨頂ともいえるでしょう。一人ぼっちで、深々と降りしきる夜更けに、一人っきりでこの曲をきくと、闇の底にしずかに沈んでいくような錯覚。乾いた心がしっとりします。後期のズンドコサウンド中心から考えると、対極にあるピアノメインでシンプルさが染みるんですよね~。

ユーミンの試聴音源が公開されていないので、代わりにカバーを貼っておきます。

雨の街を
畠山美由紀
2002/09/26 ¥250

この曲の情報アラカルト


昭和の名盤である、ユーミンのデビューアルバム「ひこうき雲」収録曲。ユーミンは、このアルバムで神がかっています。たった19歳でこの才能・・・。

年間11位が発売3年後の76年とは、めずらしい現象です。じわじわ年を越えて、ユーミンの知名度の上昇とともに売れ続けたんでしょうね。

夜明けの雨はミルク色 静かな街を ささやきながら降りてくる 妖精たちを
誰か 優しくわたしの 肩を抱いてくれたら どこまでも遠いところへ 歩いていけそう・・・ 



まさに叙述的。絵画が頭に浮かぶようです。今どきこんな意味深な歌詞を書く歌手っているでしょうか?少女の恋に対する繊細な気持ちが痛いほど伝わってきます。誰もいない沈黙の街で霧雨に打たれて聞きたいです。

この曲をお気に入りと答えるアーティストが意外に多く、X JAPAN YOSHIKIもその一人。93年のテレ朝正月特番(タモリの音楽ステーション)で、バブリーな当時に飛ぶ鳥を落とす勢いのユーミンとYOSHIKIがビッグ2として対談した時の話。YOSHIKIのリクエストに応えて、当時絶対テレビでは歌わなかったユーミンが「歌番組では歌う気しないけど、今日は弾き語ります」といって、バックにあったピアノでこの曲を突然弾き語ったのを、今でも覚えています。

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この曲は、ユーミンのライブではあまり披露されていないようです(特に活動後期は)。今ではもう高音が出ないので、荒井由実時代のはかない曲の再現は無理でしょうね。


歌番組:TBS「セブンスターショー」より

Yuming with Tin Pan Alley-雨の街を_Snapshot.jpgYuming with Tin Pan Alley-雨の街を.mp4_000158698.jpg
※YouTube関連動画はこちら

この「セブンスターショー」なる伝説の音楽番組、76年2月15日から3月28日まで7回にわたり、日曜日の夜1時間半放送されたんだとか。スポンサーだった日本専売公社(今のJT)の銘柄「セブンスター」と、毎回ワンマンライブを行う7人のスターをかけたタイトルらしい。ジュリー、森進一、西城、布施、ユーミン&かまやつ、五木、拓郎の7人が登場。

ユーミンの回は、伝説のバンドTin pan alley(細野晴臣、鈴木茂、松任谷正隆(旦那)ら)をバックに、かまやつひろしと共演してます。

5曲くらい披露してるのかな?ルージュの伝言、中央フリーウェイ、チャイニーズスープなど。どの曲もセットと演出がすばらしく、さすが久世光彦さん。

今は無き、張りのある高音が健在。あどけない少女のユーミンの歌声が存分に聞けるこの番組は、お宝映像ですね。

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