井上大輔「哀・戦士」

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【発売年日】1981/07/05
【最高順位】9位
【売上枚数】21.7万枚


アニメソングの王様「ガンダム」主題歌です。
これを聴くと、少年時代にタイムスリップしちゃいます。

哀 戦士
井上大輔
¥ 250


この曲の情報アラカルト


大人になってもマニア多数のガンダムシリーズ。
この曲は、劇場版2「哀・戦士」主題歌

オリコン9位までいったんですね。
アニメ力だけでランクインとは、
いい曲の証拠です。

井上大輔さんは、
60年代を一世風靡したGSバンド
「ブルーコメッツ」のメンバー
当時は本名の井上忠夫。
80年代に入って、
心機一転出発のため、
ニックネームだった「大輔」に改名。

井上さんは作曲家として、
フィンガー5「学園天国」
シャネルズ「ランナウェイ」
郷ひろみ「2億4千万の瞳(ジャパ~~ン!)」
などなど、
皆の心に響くヒットメーカーだったんです。
いい曲書きますね。

でも、
2000年には自宅で自殺・・・
奥さんへの介護疲れ、自分の術後の経過がよくない
・・・などの理由だそうだ(wikiより)
惜しい人を亡くしました
だから、この曲、
アッパーチューンながら、
どことなく哀し気に聴こえてしまう・・・

なぜ井上さんがガンダムに携わったかというと、
日大芸術学部の旧友で、
初代ガンダム原作&監督だった冨野喜幸氏から、
熱烈オファー
があったからだそうだ。

劇場版三部作として、
1stはやしきたかじん。
2ndの本作、3rd「めぐりあい(最高位13位)」は
井上さんが手がけました。

今のアニメ主題歌は、
既存の歌手がアニメおたくにあやかって、
新曲にタイアップかぶせてヒットを狙う、
そんな安易な営業戦略の構図が大嫌い!!

でも、
この頃のアニメは、
実力あるが、あまり表舞台に出てこない歌手が、
コンセプト通りに書き下ろす、
そんなイメージが重なるよき時代でした。


初代ガンダム世代として、熱~い思い出


今だ続くガンダムシリーズ。
もう、初代の面影は全く消え失せ、残念。

当時、小学校高学年。
リアルタイムで毎日見てました。

当時の少年たち、
そして、大人になった私たちの心を
わしずかみにして話さない魅力は、

①登場人物(特にアムロ)の未熟さ、そして成長。
②ニュータイプという超能力でつながった新人類登場


それまでのアニメにはない、
もろく人間臭い設定、未来を予見したかのような設定、
宮崎駿に通じるようなコンセプトですね。

他の友達は皆、
「シャア、ザク、グフ」など王道の人物やモビルスーツ好きでしたが、
自分は、やっぱり変わり者。

↓↓ザビ家最後の悪女帝(紫BBA)「キシリア」がお気に入りkishiria.jpg
ちょい役でしたが、
最後の砦ア・バオア・クー決戦の最後で、
脱出直前でシャアのバズーカ―で首チョンパ
ザビ家の完全敗北の鍵になった人物でした。

声優も、アラレちゃんの小山菜美さん。
ちょい役でも有名どころ使ってますね。

それから、もう一つのお気に入り。
オデッサ作戦の砂漠で1話のみ登場する、
↓↓巨大なモビルアーマー「アッザム」↓↓azzamu.jpg
キシリアが乗船してたテスト機。
紫のたまねぎに、四本足が生えたような奇っ怪な形。
これが、なぜかたまらない(汗)

劇場版2「哀戦士」の舞台、
オデッサ作戦の砂漠地帯では、
ゲリラ攻撃で強靭の青い「グフ」相手に、
アムロが苦戦してましたね。

この曲の歌詞
♪「荒野を走る、死神の列
黒くゆがんで、真っ赤に燃える~」

ってとこ。
砂漠の戦闘風景にぴったりで、
当時、なんて衝撃的な歌詞なんだろーって、
小学生ながらも感心したのを覚えてます。


歌番組:TBS「ザ・ベストテン」より

井上大輔 『 哀 戦士 』_Snapshot.jpg哀 戦士 井上大輔 1981年 劇場版・機動戦士ガンダムⅡ挿入歌   60fps.mp4_000285294.jpg
※YouTube関連動画はこちら

「今週のスポットライト」17位で登場
ベストテンではランクインしなかったんですよね。

井上さん、当時から大御所だったので、
あまりテレビ露出はしてませんでした。
この他、「もうすぐトップテン」でも、
ピアノの弾き語りで登場、格好よかったな。

このベストテンでは、
間奏にサックスを披露
でもすぐに歌に切り替えるの大変そう。

黒柳さんとのトークでは、
「久々のTBSで、エレベータの階を間違えた」など、
やっぱり大御所トークで花が咲いてました。

トークの中で、
「歌手、作曲者、サックスプレーヤー、プロデューサー、
全てを完璧にこなしたい」と答えていて、
この完璧主義も自殺につながってるのかな~なんて。

同じく最近自殺した、
元サディスティックミカバンドの加藤和彦さんと、
どうしても重なっちゃうんですよね。

ご冥福をお祈りします・・・




DREAMS COME TRUE「WINTER SONG」

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【発売年日】1994/01/07
【最高順位】1位
【年間順位】19位
【売上枚数】98.7万枚


いまも現役で超大物グループのドリカム登場。
薬物で西川君は脱退し、2人で頑張ってますね。
この頃は、ミリオンヒット続発の景気のよい時代でした。

WINTER SONG (“雪のクリスマス” WORLDWIDE VERSION)
DREAMS COME TRUE
¥ 250


この曲の情報アラカルト


まだ西川君がいるトリオの頃です。

この曲はドリカム初のマキシシングル。

昭和の時代は、尖ってたニューミュージック系が
12インチシングルを発売したように、
バブルのCD時代は、
実験的な音楽をマキシで発売する風潮でした。
アルバムと同じ大きさのケースでね。

14thシングルですが、
5th「雪のクリスマス(日本語)最高位5位」の
英語リマスター版でした。


自分的には、この流暢な英語の方が、
美和ちゃんの魅力が発揮されてるようで大好きでした。
この頃がドリカムの真骨頂、人気や声のピークと思ってます。
アメリカ進出を狙ってた時期でしたしね。

なんか、冬の季節(特にクリスマス前)になると、
ムショウに聞きたくなるんですよね~。
街が静まりかえった夜中に。

前作「決戦は金曜日」「go for it!」のように、
派手なプロモ活動はなく、
米映画「めぐり逢えたら」の日本版テーマソングとして、
地味に脚光を浴びたくらいでしょうか。

だから、レコジャケも、
ドリカム初のイラストもの。
この地味さがまた好きになったのかも。

米映画に関連して、
この曲のPVがたしかハリウッド?で製作され、
美和ちゃん出演でファンタジーの氷の世界が表現されてて、
見とれてしまった記憶があります。

ただ、版権の関係からでしょうか?
当時テレビではほとんど流されず、
CDTVの1位紹介でも、
レコジャケのイラスト動画だけで、
もどかしく思ったな~。
YoutubeでもPVほとんど見ませんよね(残念)

ちなみに、この時代、
社会党村山政権誕生、サリン事件、イチロー人気と、
激動の時代。
音楽も、小室ファミリー(TRF等)と、
活力のある時代でした。


歌番組:テレ朝「M○テ」より

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※YouTube関連動画はこちら

この曲単独の歌唱は、
後にも先にもこの番組の1回だけです


「雪のクリスマス(日本語)」はHEY HEY HEYのSPで
屋外から後年に歌ったことがありますが。

紫の神秘的な照明に照らされて、
一面に敷き詰められた銀世界のセットが映えますね。

ただし、
美和ちゃんの田舎娘のような地味な衣装と髪型は
いただけません。

ちなみに、
この年の紅白で
「すき~WINTER SONG」メドレーを披露
した時は、
薄水色のドレスをまとい、頭をベールで覆った美和ちゃんは、
曲調にぴったりでした。

一緒にみていた、日頃歌手を褒めない母も、
「歌うまいね~」と言ったのが印象的でした。

当時、M○テの歌唱をうっかりタイマー録画し忘れてて、
悔恨の思いだったんですが、
同じ大学ゼミ生の音楽番組友達がたまたま録画してて、
藁をもすがる思いで、VHSテープを貸してもらった覚えがありますね。

この頃のドリカムは飛ぶ鳥を落とす勢いだったせいか、
フジの金曜夜のレギュラー番組以外は、
以外にもテレビ露出はあまりなかったんです。
♪決戦は~、♪晴れたらいいね、♪go for~、は、
リアルタイムではM○テの披露くらいだったと思います。

貴重な映像ですね。


posted by 音楽風来坊 at 02:11Comment(0)J-POP

梓みちよ「よろしかったら」

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【発売年日】1979/09/21
【最高順位】30位
【売上枚数】9.6万枚


マニア向け名曲第一弾!
梓兄さん、いや改め、梓姉さんです。


この曲の情報アラカルト


このレコジャケ、立ち姿がかっこいいですね~。

今では公にはNGのたばこを堂々と吹かす姿、
ドSに磨きがかかってます。
CMタイアップ曲としてもじってるんでしょうね。

日本専売公社のCM曲。
たばこの銘柄は「パートナー」


だから、サビの最後は、
「just a lover today's partner~」
なんとも、なまめかしい歌詞。

「日本専売公社」って懐かしい響きですよね。
調べてみると、
なんと、創設はGHQマッカーサーが
大蔵省からの独立を命じたとか。

「たばこ、塩、樟脳」の3種の独占販売を、
独立法人の専売公社が
1985年の日本たばこ(JT)独立まで行う。

なんだか歴史感じますね・・・
昔はたばこのCM曲からヒット続々でした。


梓姉さんは、意外にも、
オリコントップ10にランクインした曲はなく、
大ヒットとして知られている
「二人でお酒を」「メランコリー」
ともに11位止まり

オリコンが始まるずっと前の
「こんにちは赤ちゃん」は何位だかわかりませんが・・・

その後の曲、オリコン100位以内はないみたい。

そう考えると、
最高位30位のスマッシュヒット「よろしかったら」は、
梓姉さんにとって、代表曲といえるでしょうね。


歌詞が最先端というか、意味深・・・


作曲は大御所の筒美京平。
淫靡な雰囲気だしてますね~。

作詞は阿木煽子。
♪「たとえばあなたが男でも、たとえばあなたが女でも、
それはどうでも、いいことなの~・・・」


今をゆく「ジェンダーフリー」モード全開ですね。

もっとも、梓兄さん、
当時に「バイセクシュアルをカミングアウト」してるので、
それを意識した歌詞なのかも?


歌番組:フジ「夜のヒットスタジオ」より

「よろしかったら」梓みちよ_Snapshot.jpg☆「よろしかったら」梓みちよ.mp4_000097733.jpg
※YouTube関連動画はこちら

この曲で夜ヒットに4回も出演してるみたい。
相当な力の入れようです。

しかも、毎回衣装やセットがゴージャス!

この曲がヒットしてる頃は、
自分はまだ小学校低学年なわけで、
まったく記憶にございません・・・

でも、
大人になって、カラオケで
知り合いがこの曲熱唱してるの聞いて知りました

しかも、
本人歌唱映像。
夜ヒットではなく、場末チックな安っぽいセットで歌っとりました。

サビ終わりで梓姉さん、
なんとウィンクするんです。
なんだか、セクシーを超越して、
背筋が凍りつくようなゾクゾク感
・・・

歌唱中の立ち姿がまた、
斜に構えて、右手は腰、肩を挙げる。
左手のマイクは水平にかるーくもつ。
梓姉さんだからこそ、
このわざとらしい出で立ちもキマルんでしょうね。

ちなみに、この頃の夜ヒットのオケ指揮者は
ダン池田さんだったんですね~。

音源がなかったので、
代わりに代名詞「二人でお酒を」貼っときます。

二人でお酒を
梓みちよ
¥ 250


池田聡「j・e・a・l・o・u・s・y」

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【発売年日】1987/01/05
【最高順位】14位
【売上枚数】7.8万枚


スマッシュヒット隠れた名曲シリーズ。
自分が大好きな曲です。


この曲の情報アラカルト


大ヒットした1st「モノクローム・ビーナス」に続き、
本作は2ndです。
ちなみに3rdは「濡れた髪のLonely」で
本作だけ、TBSベストテンにランクインできず、
売上もいまいちでした。

1月の発売から3月にかけて、
2ヶ月間もの間、11~20位をキープ。
結局、11位までのぼりつめましたが、
ランクインにはいたらず・・・
でも、
本当によい曲って、こういうランクの動きするんですよね~。

池田さんの曲は、
しばらくスズキアルトのCM曲として、
使われましたね。

この曲、じみーな曲調のミディアム曲で、
当時中学生の自分には良さが理解できず。

でも、
アラフォーの今の自分が聞くと、
80年代のシティポップスの王道というか、
じわじわ高揚感がくる歌
なんですよね。
情景が湧くというか。

当時は、池田さんをはじめ、
中西圭三、徳永英明、楠瀬誠志朗など、
本物の男性ソロアーティストがこぞって
日の目を見られる、いい時代でした・・・。

この曲、
作詞が湯川れい子。
歌いだしの
ロフトのソファ、透き通る横顔・・・」なんて、
ロフトって響きが、昭和だなーって感じ。

夜景の見える海辺で聞きたい曲です。

作曲が意外にもタケカワユキヒデ。
モンキーマジックだけじゃなく、
この人、大人のいい曲書くんですね。


この曲のPVがまたいい!


当時はMTVが注目の時代。
でも、日本のPV浸透率はまだまだでしたが、
この曲に実はPVがあるんです。

池田さん自ら主人公です。
デビューしたてて演技がぎこちないです。

映画「昼下がりの情事」をモチーフにしているようで、
ミステリアスな美女が登場(ヘップバーンと重なる)

途中、池田さんがグラサン怪しい男に滅多打ちにされながら、
「あの女は何者なんだ!?」というシーン、なかなかです。

また、ベッドで「どうしてそんなに泣くの?・・・」と
うなされている池田さんを横目に、
謎の女が「あなたにはわからない悲しいことがいっぱいあるのよ」
とつぶやくシーンがいいですね。

曲のイメージにぴったりな物語風のPVです。
j・e・a・l・o・u・s・y 池田聡_Snapshot.jpg

ちなみに、池田さん、TVからしばらくご無沙汰ですが、
ユーチューブなどで、近年の活躍ぶりも拝見できます。
いやー、デビュー当時はやぼったい老け顔と思いきや、
今も若々しくていらっしゃる。
いい年の取り方しています。

甘いはりのある声も健在です。


歌番組:フジ「夜のヒットスタジオ」より

池田聡        j・e・a・l・o・u・s・y_Snapshot.jpg
※YouTube動画はこちら

デビュー当時の池田さんは、
スーツ姿が多く、
本当にどこにでもいる兄やんって感じでした。

星がちりばめられたセットは
曲調と相まって幻想的。

ベストテンにはランクインしなかったので、
おそらく、この曲の歌唱は、
夜ヒットくらいでしょうか。
貴重な映像です。

感情移入した強弱のつけた歌唱は、
レコードよりむしろ夜ヒットの方が好きかも。

間奏の直前の歌詞
「海の匂いのガレージにもたれて、
どこまで酔えば愛が見えるの・・・」

なんて素敵なんでしょう。
そして、
消えてしまいそうなか細い歌声。

ほんと何度も見入ってしまいます。

j・e・a・l・o・u・s・y [LIVE]
池田聡
¥ 250


中森明菜「DESIRE」

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【発売年日】1986/02/03
【最高順位】1位
【年間順位】2位
【売上枚数】51.6万枚


懐かしヒットチャートを語るのに、
中森明菜の存在抜きでは語れません。


この曲の情報アラカルト


「SOLIDUTE」に続く11作目の作品。

それまでは、超大物アーティスト作曲陣による、
エキゾティック&ロックテイスト路線だった。
ミ・アモーレ、飾りじゃないのよ涙はなど・・・

でも、SOLITUDEから、ファンとしては
あらら・・・という曲調薄インパクト。
ゆるゆるな虚無感って感じ。
作曲はタケカワユキヒデでこちらもインパクト薄。

個人的には年を重ねると、こういう路線の方が、
するめいかのように味があって好きなんだけどね。

それに続くDESIRE。
前回の失敗を挽回しようというスタッフ陣の思惑が感じられ、
インパクト強のロック路線回帰

だから、やぼったくて当時は曲調好きじゃなかったんだよね。

作曲も鈴木キサブリーでうーん・・・
ただし、阿木煽子の作詞の冒頭、
「Get up! Get up!」の畳み込むリフレインは、
耳から離れません
でしたね。


レコードジャケットは珍しく着物姿で、
「NEO ジャポネスク」

音楽番組での衣装も同様で、
しかも、おかっぱのカツラをつけて、
「♪なーんてね、(あ~どっこい)」の
ガクガクと崩れ落ちる振り付けが、
カラオケでも流行
りましたね。

当時、中学でもみんな真似してやってました。

この曲のタイアップ無しでのヒットは、
営業コンセプト勝ちってとこでしょうか。


日本レコード大賞、FNS歌謡祭グランプリ受賞。
紅白にも2度目の出場。
おかっぱのカツラが真っ白になり、
度肝を抜かれました。


歌番組:フジ「夜のヒットスタジオ」より

中森明菜 DESIRE -情熱-_Snapshot.jpg
※YouTube関連動画はこちら

フジにしたら珍しくセンスのよいセットと演出。

この演出の売りは、
何といっても、
明菜そっくりダンサーズの4名
着物もそっくり。
おかっぱカツラもおそろいです(笑)

一見すると、
結構笑えますが、演出としはレベル高いです。

♪「あ~どっこい」の腰をかがめる振り付けも、
明菜と一緒に行うので、
見ていて迫力があります。

途中、人形浄瑠璃のようなカクカクとした振りもあって、
みなお菊人形のようで笑えます。

ダンサーの振り付けは、
かの有名な西條満先生だそうです。

この回の演出が好評だったようで、
次回もダンサーズが出演することになりました。

DESIRE -情熱-
中森明菜
¥ 250


渡辺美里「My Revolution」

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【発売年日】1986/01/22
【最高順位】1位
【年間順位】5位
【売上枚数】44.5万枚



記念すべき1曲目の紹介は、
「渡辺美里」に決定!!


この曲の情報アラカルト


TBS系「セーラー服通り」の主題歌だったかな。
出演は、○○通りシリーズにお決まりの
沢口靖子、小堺一機、CCガールズの藤原理恵など。

この曲、美里ちゃんのデビュー曲と思われていますが、
①「I'm Free」→洋画フットルースの劇中歌のカバー
(デビュー曲がカバーとは以外ですね)
②「死んでるみたいに行きたくない」(小室が初めて手掛けた)
に続く、3曲目なんです・・・。

しかも、この曲も作曲は売れっ子になる前の小室哲哉

美里ちゃんの知名度はそれほどなく、
ドラマ効果と初々しい歌唱力で、
初登場は低いランクながらもじわじわとウナギ登り。
美里ちゃんの初ブレイク代表作品になりました。

個人的には、もっと好きな作品いっぱいあるけどね。


この曲にまつわる思い出


自分の一番楽しかった青春時代といえば、
部活動に明け暮れてた中学生時代。

思春期、反抗期なので、
周囲への自己主張も強くなる時期。

美里ちゃんの歌詞は、
デビュー当時は「歌う青年の主張」のような、
自分たちの気持ちを代弁してくれてるようで、
とっても共感したのを覚えてます。

主語と二人称が、
「わたし」「あなた」ではなく、
「きみ」と「ぼく」だったのもよかったなー。

「恋したっていいじゃない」くらいから、
恋愛路線に傾倒し、
あらら・・・って感じだったけど。


中学2年生の夏には、
恒例の西武球場「MISATO Ribbon Tour」
友達と初参戦。
初めての本格的なライブ参戦だったから、
自分も完全燃焼したのを覚えてます。
もち、西武鉄道美里号にも乗車しましたよ。


歌番組:TBS「ザ・ベストテン」より

渡辺 美里 My Revolution_Snapshot.jpg
YouTube関連動画はこちら

ベストテン初登場、
しかも、地上波、生放送も初。


コンサートのリハーサル中の中継で、
先週は11位以下のもうすぐベストテンだったのが、
レコード売り上げが急増し、
一気に5位?に初登場だったと思います。

当日、ちょい注目してた謎の「美里嬢」のクレジットが、
新聞テレビ番組欄に記載されてて、
ちょい興奮気味の1日の始まりだったのを覚えてます。

でも、
風邪をこじらせ高熱が出て当日は学校を欠席
ずっと寝込んでましたが、
意地でも美里初登場まで起きてやるって意気込んでた。

ついに美里ちゃんの生映像をみた瞬間、
大物になるオーラと曲のインパクトが強すぎて、
番組終了後も寝つけずしばらく放心状態・・・

熱なんてどっかにふっとんじゃった思い出が
強烈に今でも残ってます。
ここから美里ファンスタートでした。


当時、EpicSonyのニューミュージック軍勢は、
あまりテレビ出演せず、
結構とがってましたよね。

黒柳さんとの緊張しーのやりとりや、
声帯を痛める前の通る声が
初々しいですね。

美里ちゃんも例外にもれず、
その後、2作品以降の「LONG NIGHT」で
夜ヒット初出場するまで、
テレビでは一切歌唱しませんでした。

ベストテン出演は、その1作品後の
「悲しいね」で苗場ゲレンデ中継という
かなりの空白期間をおくことになります


ベストテンスタジオが恰好悪いという風潮でしたからね。

イントロ部分で、目をつむりずっと上を向いています。
どうしたんだろう?と思いきや
精神統一だったみたい。
初歌唱は堂々としたものです。
最後は、ステージに金粉が舞い降りて、
高台で手を掲げて遠くを見渡す姿で終わります。


今回は貴重な映像です。

My Revolution
渡辺 美里
¥ 250


【自己紹介】懐かしヒット曲のチャートと音楽番組出演映像に興味をもったわけ。

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最近、国内のチャートが面白くない。
アイドル、アニメ、韓流ばかり。

人々の心に残る歌もここ数年生まれていない。

絶望的な状況・・・

だからこそ、
昭和から平成初期にかけての、
青春時代の、
音楽番組全盛期の
きらきらしたヒット曲、

そして、
曲が生みだすお茶の間を巻き込んだ話題性や、
ふっと聞くと、
あの時代のあの思い出にタイムスリップできる。

今見直されるべきなのかもしれない。

だから、念願のこのブログを始めました。


①小学生の自分とヒット曲のかかわり


父親が残業から帰ってくると、
きまってTVは野球中継と決まっていたので、
帰ってこないことを願いつつ(笑)
日テレ「ザ・トップテン」を兄弟で見てました。topten-logo.jpg
ヒットチャートに生まれて初めて触れたのも、
この番組かも。

何しろ、
うちは「9時以降は大人の時間」ってことで、
子どもは9時前にさっさと寝る決まりでした。

でも、
トップテンは8時代の放送だったので、
クラスで「わらべって可愛いよね?」
「明菜の昨日の衣装と振り付け、すっごかったね」
なんていう友達間の話題に、
なんとかついていけたのでした。

でも、子ども心ながらも、
トップテンはなんだか幼くやぼったくて、
エレベーターでゲストが下りてくるのも、
初登場で写真をとるのも、
あまり好きじゃなかったな。


②中学生の思春期になり、チャートと音楽番組に目覚めた


部活が始まり、
友達とヒット曲の話題で持ち切りだったあの頃。

当時高価だったダブルカセットデッキを
小遣いをためて購入してうれしかったなあ。
お気に入り曲を1本のカセットに編集して、
友達と貸し借りし合ったっけ。


大人の時間「9時」以降にテレビを見てもよい年になり、
自分の部屋にテレビを置いてもらえ、
食い入るように、毎週木曜9時「ザ・ベストテン」をチェック。
もち、ラジカセと、チャートを記録するメモを前に置いてね。
besutoten-logo.jpg

ベストテンのよさは、
さすがTBS、セットの工夫された美しさ、
黒柳さんとゲストの絶妙なかけあい、
大人のエンタテインメントというスタジオの雰囲気、
いつもは出演しない系の気難しい歌手の出演。

そして、ベストテンのチャートの動きに興味をもち、
「3の倍数の得点」の出し方、
「11位以下の矢印でのチャートの動き」
これで、チャートマニアまっしぐらでした。


この頃、オリコンの存在を知り、
「オリコンウィークリー」を毎週月曜に、
本屋に駆け込んで購入してたっけ。
新聞折り込み広告の裏の白紙を利用し、
自作の週間チャートを毎週作り、
ベストテンチャートと見比べて萌えてたっけ。
チャートづくりは、1~2年くらいで意気消沈・・・


同じころ、「夜のヒットスタジオ」視聴デビューも果たしました。
MCの井上順と古館が交代する、
2時間「DELUX」の時代ですね。yoruhit-logo-big.jpg

やっぱりフジ、セットはださかったけど、
カメラアングルにプロ意識を感じ、
大物ゲスト登場やマンスリー企画に胸躍らせました。


③高校時代はバンド部に。一大バンドブーム到来


昭和の歌番組が続々と消えました。
ベストテンは半永久的に続くと思ってたから、
しばらくベストテンロス状態でした。

代わりに次世代歌番組「ミュージックステーション」開始。Mstation-logo.gif

開始当初は、視聴率低迷を防ぐため、
光GENJI毎週毎週投入したり、
ぱっとしない番組でしたが(中原理恵、関口宏が初代司会でしたよね)
今となってはタモリとともに御長寿番組ですからね~。

Mステの良さは、ライティングを貴重としたセットでしょうか。
昔の映像も古さを感じさせません。
だから、
アーティストが気軽に出演し、番組が生き残れたのでしょうね。


TBS深夜「いかすバンド天国(イカ天)」効果もあり、
若者の多くがバンドにあけくれる日々。
BOOWY、ブルーハーツ、プリプリ・・・
あの頃の若造はみんなとがってたなー(あ、自分もか)


④大学~社会人なりたての頃は、メガヒット連発


平成を迎え、
結構デジ系の音楽がもてはやされ、
小室系、BEING系全盛期。
BEING系なんて、たまーにMステに出るくらいで、
正体がほとんど謎の営業戦略。
Mステ放送後の「NO」というBEING宣伝の1分番組で、
ベールに包まれた「ZARD、大黒等」の
スローモーションで動く横顔映像にすっごく萌えでした。

ドラマ主題歌が軒並みミリオンヒット、
チャゲアス、米米、小田は誰でも口ずさめる曲だったなー。

チャートの動き、というか、
このころはCD売上枚数が面白かったですよね。

TBSの歌番組は、ベストテン終了後、
「音楽派TOGETHER(黒柳)」「カウントダウン100(山田邦子)」という
短命番組を得て空白期間になりますが、
待望の土曜深夜に「COWNTDOWN TV」が開始。cdtv-logo.jpg
予算がないのか、MCはCGキャラクターで、
チャート紹介が主で
ゲストは2~3組のみ。

でも、こういう歌番組の簡略化もありかなーと。
そして、学生時代やリーマン時代に突入したので、
もう9時以降は見れないなんてなく、
深夜の方が見やすいし(笑)

フジも久々に「HEY HEY HEY」開始。hey3 logo1.png

やっぱりフジのセットはダサい、
ぎらぎらしてる。
何より、ダウンタウンのつっこみが下品で苦手でした。
歌のスタジオ収録セットも、
毎度ファンクラブを動員し客の前で歌わせるっていう、
今につながる安易さがつまらなかったなー。

②21世紀が明けた現在・・・つまらね~!


歌を聞いても、情景がイメージわかないんですよね。
だから、思い出にもつながらないし、思い入れもない。

今、音楽番組で萌えるのは、
たまーに珍しい歌手が登場した時のMステ、
年末の紅白くらいかなあ。

こんな感じで、
自分の音楽とともに歩んできた青春時代は、
音楽番組とヒットチャートと一緒だったってことです。


今でも続けている趣味は・・・音楽番組の録画と編集


中学生の頃、アナログの家でもさすがにVHSビデオレコーダ購入。

家族と共用だったため、
たまーにベストテンや夜ヒットを録画できるくらい。
データはあまり残ってません。

でも、
学生時代に独り暮らしを始めた頃から、
自分専用のビデオデッキを購入したので、
当時、Mステ、カウントダウン100、MJなんぞは、
毎週録画
し、せこせことビデオダビングし、
歌の部分だけ編集を続けてきました。

DVDが登場し始めると、
ビデオデッキとDVDデッキをつなぎ、
撮りだめてあるVHSデータをこつこつと、
DVDデータへダビング
する日々。

でも、こうすることで、
部屋の中がかさばっていたビデオケースが、
あら不思議、
スリムなDVDディスクで省スペース化。

そうこうしているうちに、
時代は地デジ化、ブルーレイに移り変わります。

テレビ番組もアナログ放送が終了し、
デジタル放送に伴いCPRM(コピー制御機能)が付加され、
気軽にデータ編集できない時代
に・・・

そして、現在、
学生時代からの音楽番組録画・編集はまだまだ続けております。
Mステ、CDTV、Mフェア、SONGS、バズリズムなど・・・
毎週欠かさず録画しとります(暇じゃないんですけどね~、もうやめられません)

一番ネックなのは、先の「CPRM」の処理。
テレビ番組を孫コピーできないのです(涙)

でも、ない知恵をふりしぼって、
ネット検索して、
PCとある装置を利用して、
せこせこと、番組中の演奏部分だけ、
チャプター編集・アーティスト別に保存しています。


そうそう、
自分が一番胸ときめかせた、
「昭和後期の歌番組映像」は、
YOUTUBEから落とさせてもらってます。
なんて便利な世の中になったんでしょう。


今回は初回ということで、
自己紹介も含めて長々と音楽とのかかわりを記しました。

次回からは、
簡単に曲別のブログに挑戦しますのでお楽しみに・・・






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