TBS「ザ・ベストテン」に出演を拒否し続けた歌手たち【音楽番組の闇シリーズ⑤】

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従来の出演してくれる歌手ありきの「キャスティング方式」から、
出演の可否は関係なく公平な順位を基にした「ランキング方式」へ、
ザ・ベストテンは歴史に残る大転換をしたのでした。

このため、今までの音楽番組には出演できなかった
珍しい歌手たちが登場し、楽曲のよさで勝負できた時代でした。

特に、今までの音楽界を牛耳ってきたアイドル系、演歌系、歌謡曲系だけでなく、
ロック、フォーク、ニューミュージック系の出演に
放送翌日の学校や職場は話が持ちきりでした。

そんな中、ニューミュージック系を中心に
TBSのスタジオでは歌わず、中継で歌うこと、
あるいは、出演を拒否・辞退することが、
反体制を表すカッコよさの象徴
とされた時代でした。

毎週ランキングボードが回転し、メディア露出が少ない歌手がランクインすると、
今週こそは出演かと胸をどきどきさせたものでした。
でも、ミラーゲートから誰も登場せず、
司会者が謝る姿に、残念でもあり、やっぱりな~と納得もしましたね。

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出演できない理由としては・・・
■レコーディング中
■コンサート中、あるいはリハーサル中
■コンサート移動中などスケジュール調整がつかない
■ファンと向き合えるコンサートを大切にしたい
■テレビではうまく表現できない
■自分の楽曲をランク付けされたくない
■出演の意志が固まらない・・・など


前置きが長くなりましたが、
今回は1978年放送開始から、
89年放送終了までの約12年間の中で、
ランクインするも一度も出演しなかった
「出演拒否し続けた歌手たち」を取り上げます。


ベストテンに出演拒否し続けた歌手はこれだ!


89年の最終回の翌週に
今まで登場した歌手達や歴代司会者が一堂に会した
「さよなら ザ・ベストテン」という特番がありました。
この中で「出演拒否」というコーナーがあり、
今回の参考にしました。

この特番によると、
12年間の放送の中で、たった19組の歌手たちだけが、
出演拒否したとのこと。
ベストテン出演歌手数を考えると意外と少ない
ですよね。

ただし、
自分の記憶が正しければ、
宮沢りえ「ドリームラッシュ」は結局出演拒否だったり、
久保田利伸はライブ映像のVTR出演だけで実質拒否だったり、
19組だけではなかったと思います。

出演拒否かと思われた大物アーティストでも、
念願の出演が叶った歌手もいましたね~。

井上陽水は「いっそセレナーデ」ランクインで数回も出演。

松任谷由実は自宅での食事の際に、旦那の正隆さんに、
「来週にでも出演してみれば?」と軽く言われて
「守ってあげたい」で1回だけのスタジオ出演が実現。

松山千春はスタッフの粘り強い出演交渉の末に、
「季節の中で」を中継で熱唱。
視聴者に向けた独壇トークが8分を越え、
その後の1位の百恵ちゃんが歌えなくなったという
エピソードは有名ですね。

それでは、
年代をさかのぼって出演拒否を紹介していきます。

⑲89年:COMPLEX「BE MY BABY」

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吉川晃司と布袋寅泰の期間限定ユニット。
当時この1stシングルのPVが話題でしたよね。
不仲になるとは想像つきませんでした。
この曲はTVで一度も歌唱しませんでしたが、
2nd「1990」は夜ヒットで披露しました。

⑱:89年:THE BLUE HEARTS「TRAIN TRAIN」

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ドラマ「ハイスクール落書き」主題歌。
甲本ヒロトの蝿のような落ち着きのない歌い方が話題に。
この曲はMステで披露、夜ヒットにも出演してましたね。

⑰88年:米米クラブ「KOME KOME WAR」

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彗星のように現れ、最初はコミックバンドかと思いました。
夜ヒットには頻繁に出演し、
この曲はMステで披露してました。
なぜベストテンに出演しなかったのでしょう。

⑯88年:氷室京介「ANGEL」

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BOOWY解散後のソロ第一弾。
他の番組にもしばらく一切出演しませんでしたが、
たった1度だけ、レコード大賞アルバム賞を受賞し、
年末にこの曲を光GENJIと同じ舞台で披露したのが、
驚きでしたね。

⑮88年:山下達郎「GET BACK IN LOVE」

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ヒット曲のRIDE ON TIMEでチャートインしたのかと思いきや、
この曲で初ランクインとは意外ですね。
達郎さん、今まで一度も音楽番組出演なし。
それどころか、動く映像はほとんど解禁されておらず、
PVさえも本人出演一切なし。
メディア戦略に頼らず楽曲のみで勝負する姿勢に
一貫性がある、唯一無二のアーティストです。

⑭88年:仲村トオル「It's Alright」

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ビーバップ出演直後の人気絶頂期の作品で、
この曲の歌唱は他でも一切ありません。
というか、ソロではオンチすぎます(汗)
映画の番宣を兼ねて、
共演した一条寺美奈と「新宿純愛物語」をデュエット出演
したことはありますが・・・

⑬87年:尾崎豊「核(CORE)」

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12インチシングルなのにヒットしましたね。
後半は尾崎にお約束の絶叫する曲です。
テレビに出演するわけがないと思ってましたが、
薬物事件後に、夜ヒットでたった1回だけ
「太陽の破片」を熱唱し話題になりました。

⑫87年:BOOWY「B・BLUE」

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今や日本のロック界のレジェンドとなった
伝説のバンド。
氷室と布袋の犬猿の仲で復活は絶望的ですね。
マリオネットもランクインしましたが出演ならず。
夜ヒットには「わがままジュリエット」「B・BLUE」「ONLY YOU」の
三回も出演。
オールナイトフジにも意外にも出演しました。

⑪87年:ビーバップ少年少女合唱団「ビーバップパラダイス」

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当時ブームを巻き起こした不良映画「ビーバップハイスクール」
出演者の仲村トオル、清水宏二郎、宮崎ますみの3人のユニット。
日テレのトップテンだけは出演しました。

⑩85年:松任谷由実・小田和正・財津和夫「今だから」

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ALL TOGETHER NOWというチャリティーイベントに集った
大物歌手たちの企画もの。
このメンツじゃあ絶対出演しないでしょう。
代々木国立競技場でのイベントライブでのみ披露。
今現在もCD化されていません。

⑨85年:大沢誉志幸「そして僕は途方に暮れる」

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夜ヒットで一度だけ披露。
カップヌードルのCM曲として火がつきました。
明菜のヒット曲「1/2の神話」を作った人です。

⑧84年:小林麻美「雨音はショパンの調べ」

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この大物女優、セレブ婚をきっかけに潔く引退し長年たちますね。
この人、テレビで歌唱したのは皆無だと思います。
ウィスパーボイスが特徴で、作詞はユーミン。

⑦83年:村下孝蔵「初恋」

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きゅんとなる名曲ですよね~。
おっさん化した晩年、懐メロ番組では多くこの曲のギター弾き語りしてましたね。
当時のプロデューサーの山田修爾氏が著書「ザ・ベストテン」の中で、
村下さんとの出演交渉の思い出をこう記しています。

私は出演交渉のために、金沢のコンサート会場に飛んだ。顔を合わせればにっこり笑って、
「やあ、どうも」
と挨拶してくれる。心優しい人間性がほんわかと伝わってくる。私は説得するも
「私の曲はメジャー向きではありませんよね。それに・・・そんな大舞台に出てしまうと、私を支えてくれるファンが・・・怖いんですよ、ベストテンが・・・」
そこで交渉は途切れた。その16年後、村下さんの訃報を聞いた。葬儀に参列し、読経が流れる間「一度でいいからベストテンで見たかった」と思った。



⑥83年:EPO「うふふふ」

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夜ヒットでこの曲は披露。
その後、よく懐メロ番組で歌唱してましたね。
メンタルを病んだ後、カウンセラーのような活動もしているとか。

⑤80年:オフコース「さよなら」

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もう名曲です。
他の音楽番組にもほとんど出演せず。
チャリティー番組「LIVE AID」や、
フジ「ひょうきんベストテン」には別の曲で唯一出演。
その後、ソロになった小田和正さんも、
メディア出演はほとんどなし。
でも、ドラマ効果で大ヒットになった
「ラブストーリーは突然に」でFNS歌謡祭に
初めて出演(コンサートリハーサル会場からの中継で、
口パクだった)
今ではTBSの風物詩ライブ「クリスマスの約束」に
年一回出演するのが恒例化。

④79年:チューリップ「虹とスニーカーの頃」

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ニューミュージック系の反体制のはしりは、
フォークソング勢でしょうね。
この頃は幼すぎて記憶にありません(汗)

③78年:南こうせつ「夢一夜」

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かぐや姫の頃からフォーク勢として、
当時あまりテレビには出演していなかったようです。
この曲超いい。NHKのワンマンショーのみ当時歌唱したみたい。
おっさん化した現在、懐メロ特番でよく歌ってますね。
こういう現象って、残念。
年取ると今までのポリシーを曲げて妥協するんでしょうか。

②78年:矢沢永吉「時間よ止まれ」

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テレビに出演しない歌手として当時有名でしたね。
その後、中年になるにつれ、夜ヒットやミュージックフェアには
たまーに出演。
最近やっと出演した紅白ではこの曲披露してました。

①78年:中島みゆき「わかれうた」

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ベストテン出演拒否第一号だそうです。
放送開始第1回目にランクインするも出演拒否。
この曲は夜ヒットやミュージックフェアでは歌唱。
ギターを弾き語る暗い幸薄そうな女ってイメージでした。
「悪女」などその後のヒットもテレビ歌唱一切なし。
でも、最近、紅白には「地上の星(黒部ダムから)」
「麦の歌」など熱唱。
プロジェクトXへのオマージュとして、
NHKスタジオ録画で「ヘッドライト・テールライト」を
歌唱しました。

当時のプロデューサーの山田修爾氏が著書「ザ・ベストテン」の中で、
中島さんとの出演交渉の思い出をこう記しています。

山梨のコンサートの終わりを待って、近くの居酒屋で中島さんと会うことになった。中島さんは北海道の人らしく、肌の色が白く髪の毛を肩下まで伸ばした知的な美人だった。初対面で口が重かった中島さんも、ボツリボツリ話し始めてくれた。
 かつてTBSの音楽番組に新人として歌うこともなく出演した経験がよい思い出ではなかったこと。テレビ出演は中島さんの音楽活動の中で、今は考えられないことなどを、やさしくゆっくりと説明してくれた。
 中島さんは気が楽になったのか、しばらくは音楽談義に花を咲かせた。そして別れ際、
「がんばってくださいね」
と笑顔で送り出してくれた。




ベストテンにとって、出演拒否が意味したもの


「さよなら ザ・ベストテン」という特番の中で、
出演拒否歌手を紹介する時、
一同に会した歴代司会者が順番に頭を下げ、いつものように
「申し訳ありませんでした」と謝る演出があったのですが、
最後の久米宏だけが、
「心からお詫びしたことは、一度もありませんでした」
と本音を言い、会場は大爆笑。
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それを聴いて、黒柳さんも、
「みんな謝りながら、なんで俺が謝らなきゃならないんだってこと
あったんじゃないですか?」ってつっこんでたっけ。

さて、
上記19組の出演拒否年数をご覧いただきたい。
晩年の88~89年に特に集中しています。
テレビに出演しなくとも、ラジオ・有線やライブ活動で、
ファン層をつかみ、確実にレコードが売れたから。

だから、最終回で黒柳さんが、
「このところ、出演しない方が増えて、ランキング番組が
成り立たなくなってしまった・・・」

淋しそうに説明してました。

ただし、
この音楽番組に出演しないというスタイルが、
新しい歌手や楽曲の在り方を切り開いてきたのも事実。

一方、
近年のCDが売れない中、
売上を稼ぐのにライブ活動や多様な音源(音楽配信等)が
重要視されるに伴い、
歌手達は積極的にメディア露出をするようになっています。

今後は音楽番組の在り方もさらに変わっていくでしょう。

もし、現在、ベストテンのような
全員出演型のランキング番組があったなら、
どうなっているでしょうか?


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