TBS「ザ・ベストテン」に出演を拒否し続けた歌手たち【音楽番組の闇シリーズ⑤】

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従来の出演してくれる歌手ありきの「キャスティング方式」から、
出演の可否は関係なく公平な順位を基にした「ランキング方式」へ、
ザ・ベストテンは歴史に残る大転換をしたのでした。

このため、今までの音楽番組には出演できなかった
珍しい歌手たちが登場し、楽曲のよさで勝負できた時代でした。

特に、今までの音楽界を牛耳ってきたアイドル系、演歌系、歌謡曲系だけでなく、
ロック、フォーク、ニューミュージック系の出演に
放送翌日の学校や職場は話が持ちきりでした。

そんな中、ニューミュージック系を中心に
TBSのスタジオでは歌わず、中継で歌うこと、
あるいは、出演を拒否・辞退することが、
反体制を表すカッコよさの象徴
とされた時代でした。

毎週ランキングボードが回転し、メディア露出が少ない歌手がランクインすると、
今週こそは出演かと胸をどきどきさせたものでした。
でも、ミラーゲートから誰も登場せず、
司会者が謝る姿に、残念でもあり、やっぱりな~と納得もしましたね。

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出演できない理由としては・・・
■レコーディング中
■コンサート中、あるいはリハーサル中
■コンサート移動中などスケジュール調整がつかない
■ファンと向き合えるコンサートを大切にしたい
■テレビではうまく表現できない
■自分の楽曲をランク付けされたくない
■出演の意志が固まらない・・・など


前置きが長くなりましたが、
今回は1978年放送開始から、
89年放送終了までの約12年間の中で、
ランクインするも一度も出演しなかった
「出演拒否し続けた歌手たち」を取り上げます。


ベストテンに出演拒否し続けた歌手はこれだ!


89年の最終回の翌週に
今まで登場した歌手達や歴代司会者が一堂に会した
「さよなら ザ・ベストテン」という特番がありました。
この中で「出演拒否」というコーナーがあり、
今回の参考にしました。

この特番によると、
12年間の放送の中で、たった19組の歌手たちだけが、
出演拒否したとのこと。
ベストテン出演歌手数を考えると意外と少ない
ですよね。

ただし、
自分の記憶が正しければ、
宮沢りえ「ドリームラッシュ」は結局出演拒否だったり、
久保田利伸はライブ映像のVTR出演だけで実質拒否だったり、
19組だけではなかったと思います。

出演拒否かと思われた大物アーティストでも、
念願の出演が叶った歌手もいましたね~。

井上陽水は「いっそセレナーデ」ランクインで数回も出演。

松任谷由実は自宅での食事の際に、旦那の正隆さんに、
「来週にでも出演してみれば?」と軽く言われて
「守ってあげたい」で1回だけのスタジオ出演が実現。

松山千春はスタッフの粘り強い出演交渉の末に、
「季節の中で」を中継で熱唱。
視聴者に向けた独壇トークが8分を越え、
その後の1位の百恵ちゃんが歌えなくなったという
エピソードは有名ですね。

それでは、
年代をさかのぼって出演拒否を紹介していきます。

⑲89年:COMPLEX「BE MY BABY」

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吉川晃司と布袋寅泰の期間限定ユニット。
当時この1stシングルのPVが話題でしたよね。
不仲になるとは想像つきませんでした。
この曲はTVで一度も歌唱しませんでしたが、
2nd「1990」は夜ヒットで披露しました。

⑱:89年:THE BLUE HEARTS「TRAIN TRAIN」

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ドラマ「ハイスクール落書き」主題歌。
甲本ヒロトの蝿のような落ち着きのない歌い方が話題に。
この曲はMステで披露、夜ヒットにも出演してましたね。

⑰88年:米米クラブ「KOME KOME WAR」

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彗星のように現れ、最初はコミックバンドかと思いました。
夜ヒットには頻繁に出演し、
この曲はMステで披露してました。
なぜベストテンに出演しなかったのでしょう。

⑯88年:氷室京介「ANGEL」

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BOOWY解散後のソロ第一弾。
他の番組にもしばらく一切出演しませんでしたが、
たった1度だけ、レコード大賞アルバム賞を受賞し、
年末にこの曲を光GENJIと同じ舞台で披露したのが、
驚きでしたね。

⑮88年:山下達郎「GET BACK IN LOVE」

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ヒット曲のRIDE ON TIMEでチャートインしたのかと思いきや、
この曲で初ランクインとは意外ですね。
達郎さん、今まで一度も音楽番組出演なし。
それどころか、動く映像はほとんど解禁されておらず、
PVさえも本人出演一切なし。
メディア戦略に頼らず楽曲のみで勝負する姿勢に
一貫性がある、唯一無二のアーティストです。

⑭88年:仲村トオル「It's Alright」

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ビーバップ出演直後の人気絶頂期の作品で、
この曲の歌唱は他でも一切ありません。
というか、ソロではオンチすぎます(汗)
映画の番宣を兼ねて、
共演した一条寺美奈と「新宿純愛物語」をデュエット出演
したことはありますが・・・

⑬87年:尾崎豊「核(CORE)」

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12インチシングルなのにヒットしましたね。
後半は尾崎にお約束の絶叫する曲です。
テレビに出演するわけがないと思ってましたが、
薬物事件後に、夜ヒットでたった1回だけ
「太陽の破片」を熱唱し話題になりました。

⑫87年:BOOWY「B・BLUE」

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今や日本のロック界のレジェンドとなった
伝説のバンド。
氷室と布袋の犬猿の仲で復活は絶望的ですね。
マリオネットもランクインしましたが出演ならず。
夜ヒットには「わがままジュリエット」「B・BLUE」「ONLY YOU」の
三回も出演。
オールナイトフジにも意外にも出演しました。

⑪87年:ビーバップ少年少女合唱団「ビーバップパラダイス」

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当時ブームを巻き起こした不良映画「ビーバップハイスクール」
出演者の仲村トオル、清水宏二郎、宮崎ますみの3人のユニット。
日テレのトップテンだけは出演しました。

⑩85年:松任谷由実・小田和正・財津和夫「今だから」

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ALL TOGETHER NOWというチャリティーイベントに集った
大物歌手たちの企画もの。
このメンツじゃあ絶対出演しないでしょう。
代々木国立競技場でのイベントライブでのみ披露。
今現在もCD化されていません。

⑨85年:大沢誉志幸「そして僕は途方に暮れる」

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夜ヒットで一度だけ披露。
カップヌードルのCM曲として火がつきました。
明菜のヒット曲「1/2の神話」を作った人です。

⑧84年:小林麻美「雨音はショパンの調べ」

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この大物女優、セレブ婚をきっかけに潔く引退し長年たちますね。
この人、テレビで歌唱したのは皆無だと思います。
ウィスパーボイスが特徴で、作詞はユーミン。

⑦83年:村下孝蔵「初恋」

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きゅんとなる名曲ですよね~。
おっさん化した晩年、懐メロ番組では多くこの曲のギター弾き語りしてましたね。
当時のプロデューサーの山田修爾氏が著書「ザ・ベストテン」の中で、
村下さんとの出演交渉の思い出をこう記しています。

私は出演交渉のために、金沢のコンサート会場に飛んだ。顔を合わせればにっこり笑って、
「やあ、どうも」
と挨拶してくれる。心優しい人間性がほんわかと伝わってくる。私は説得するも
「私の曲はメジャー向きではありませんよね。それに・・・そんな大舞台に出てしまうと、私を支えてくれるファンが・・・怖いんですよ、ベストテンが・・・」
そこで交渉は途切れた。その16年後、村下さんの訃報を聞いた。葬儀に参列し、読経が流れる間「一度でいいからベストテンで見たかった」と思った。



⑥83年:EPO「うふふふ」

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夜ヒットでこの曲は披露。
その後、よく懐メロ番組で歌唱してましたね。
メンタルを病んだ後、カウンセラーのような活動もしているとか。

⑤80年:オフコース「さよなら」

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もう名曲です。
他の音楽番組にもほとんど出演せず。
チャリティー番組「LIVE AID」や、
フジ「ひょうきんベストテン」には別の曲で唯一出演。
その後、ソロになった小田和正さんも、
メディア出演はほとんどなし。
でも、ドラマ効果で大ヒットになった
「ラブストーリーは突然に」でFNS歌謡祭に
初めて出演(コンサートリハーサル会場からの中継で、
口パクだった)
今ではTBSの風物詩ライブ「クリスマスの約束」に
年一回出演するのが恒例化。

④79年:チューリップ「虹とスニーカーの頃」

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ニューミュージック系の反体制のはしりは、
フォークソング勢でしょうね。
この頃は幼すぎて記憶にありません(汗)

③78年:南こうせつ「夢一夜」

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かぐや姫の頃からフォーク勢として、
当時あまりテレビには出演していなかったようです。
この曲超いい。NHKのワンマンショーのみ当時歌唱したみたい。
おっさん化した現在、懐メロ特番でよく歌ってますね。
こういう現象って、残念。
年取ると今までのポリシーを曲げて妥協するんでしょうか。

②78年:矢沢永吉「時間よ止まれ」

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テレビに出演しない歌手として当時有名でしたね。
その後、中年になるにつれ、夜ヒットやミュージックフェアには
たまーに出演。
最近やっと出演した紅白ではこの曲披露してました。

①78年:中島みゆき「わかれうた」

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ベストテン出演拒否第一号だそうです。
放送開始第1回目にランクインするも出演拒否。
この曲は夜ヒットやミュージックフェアでは歌唱。
ギターを弾き語る暗い幸薄そうな女ってイメージでした。
「悪女」などその後のヒットもテレビ歌唱一切なし。
でも、最近、紅白には「地上の星(黒部ダムから)」
「麦の歌」など熱唱。
プロジェクトXへのオマージュとして、
NHKスタジオ録画で「ヘッドライト・テールライト」を
歌唱しました。

当時のプロデューサーの山田修爾氏が著書「ザ・ベストテン」の中で、
中島さんとの出演交渉の思い出をこう記しています。

山梨のコンサートの終わりを待って、近くの居酒屋で中島さんと会うことになった。中島さんは北海道の人らしく、肌の色が白く髪の毛を肩下まで伸ばした知的な美人だった。初対面で口が重かった中島さんも、ボツリボツリ話し始めてくれた。
 かつてTBSの音楽番組に新人として歌うこともなく出演した経験がよい思い出ではなかったこと。テレビ出演は中島さんの音楽活動の中で、今は考えられないことなどを、やさしくゆっくりと説明してくれた。
 中島さんは気が楽になったのか、しばらくは音楽談義に花を咲かせた。そして別れ際、
「がんばってくださいね」
と笑顔で送り出してくれた。




ベストテンにとって、出演拒否が意味したもの


「さよなら ザ・ベストテン」という特番の中で、
出演拒否歌手を紹介する時、
一同に会した歴代司会者が順番に頭を下げ、いつものように
「申し訳ありませんでした」と謝る演出があったのですが、
最後の久米宏だけが、
「心からお詫びしたことは、一度もありませんでした」
と本音を言い、会場は大爆笑。
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それを聴いて、黒柳さんも、
「みんな謝りながら、なんで俺が謝らなきゃならないんだってこと
あったんじゃないですか?」ってつっこんでたっけ。

さて、
上記19組の出演拒否年数をご覧いただきたい。
晩年の88~89年に特に集中しています。
テレビに出演しなくとも、ラジオ・有線やライブ活動で、
ファン層をつかみ、確実にレコードが売れたから。

だから、最終回で黒柳さんが、
「このところ、出演しない方が増えて、ランキング番組が
成り立たなくなってしまった・・・」

淋しそうに説明してました。

ただし、
この音楽番組に出演しないというスタイルが、
新しい歌手や楽曲の在り方を切り開いてきたのも事実。

一方、
近年のCDが売れない中、
売上を稼ぐのにライブ活動や多様な音源(音楽配信等)が
重要視されるに伴い、
歌手達は積極的にメディア露出をするようになっています。

今後は音楽番組の在り方もさらに変わっていくでしょう。

もし、現在、ベストテンのような
全員出演型のランキング番組があったなら、
どうなっているでしょうか?


ユーミン×帝劇『朝陽の中で微笑んで』【感想】未来の純愛の形がこれか?

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私が敬愛してやまないユーミン嬢の3年ぶりの帝劇に行ってきました。

今回は、ユーミン自身も最も歌唱が難しいと言っている荒井由実時代の名曲「朝陽の中で微笑んで」をモチーフにしたもの。
ユーミンバージョンが公開されてないので、代わりにハイファイセット。

この曲個人的に好きなんですよね~。なんだかやるせない雰囲気というか、テンション下がってる時に聞くと寄り添ってくれるというか・・・

テーマはずばり「時空を超えた純愛物語」

脚本&演出の旦那松任谷正隆さんは、前回に「次のテーマはSF」と公言してましたね。

会場の様子のレポートと自分の感想をご紹介します。


曲目セットリスト&曲の感想


結構マニアックな曲ばかり。多くの客は拍子抜けだったでしょうね。

自分的にはこの暗めの選曲は好きだったりするんですが。

・Age of our innocence(アケイシャ)
・未来は霧の中(OLIVE)
・ランチタイムが終わる頃(PEARL PIEACE)
・砂の惑星(THE DANCING IN THE SUN)
・愛と遠い日の未来へ(POP CLASSICO)
・雨に願いを(POP CLASSICO)
・Now Is On(FROZEN ROSES)
・Called Game(Cowgirl dreamin')
・流星の夜(FROZEN ROSES)
・Autumn Park(ALARM a la mode)
・水の影(時のないホテル)
・朝陽の中でほほえんで(14番目の月)
・PARTNERSHIP(acacia)
・やさしさに包まれたなら(MISSLIM)



客層はアラフィフが多く、ユーミンとともにファンも高齢化してるなあって実感。

出演俳優のファンや芝居好きというより、ユーミンファンが圧倒的に多いみたい。

最後のカーテンコール後、客の拍手にこたえてユーミンが登場し、「卒業写真」をうたった。

個人的には「またこの曲か」という感じ。最近のライブでもいつもこればっか。好きじゃない。
昔は「ノーサイド」とかやってくれてたのに・・・

でも、多くの客はのりのりで、手拍子が聞かれるほど。

おいおい、しっとりバラードだよなあ。手拍子やめてくれー!

カーテンコールの曲も、芝居のどろどろ暗いイメージとは真逆の、なぜか「やさしさに包まれたなら」だったし・・・

芝居の重い余韻がどこかにふきとんじゃいました(汗)

芝居の概要


今回で3回目。

この手のエンタショーの先駆けは中島みゆき「夜会」でしょう。
ただし、違いはみゆきは芝居もするが、ユーミンは歌唱に徹するのみ。俳優陣は別。

■第一回(2012)「8月31日~夏休み最後の日」
交通事故で重傷の男のもとに元カノが呼び寄せられ、男の脳内で再開し二人の誤解をひもといていく

■第二回(2014)「あなたがいたから私がいた」
老人ホームの入所老婆の過去(戦時中)にさかのぼり、幼馴染の女友達や男友達との三角関係のすれ違いが

今回第三回(2017)「朝陽の中で微笑んで」
(出演)寺脇康文、宮澤佐江、他
(あらすじ)
時代は500年後の2517年。職を失った中年男・鳴沢肇(寺脇)は、ある容疑で警察の取調べを受けていた。鳴沢には、20年前に結婚を約束しながら、不治の病で亡くなった恋人がいた。しかし今、彼女に生き写しの女性・紗良(宮澤)が18歳を迎えていた……。折々にストーリーテラーであるユーミンが登場し、物語の世界へと誘っていく。


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舞台装置もプロジェクションマッピングを駆使し、近未来のバーチャルさを再現してます。
蓮の花のセットも輪廻転生を彷彿させていいアクセントになってました。

芝居(ストーリー)に物申す【ネタバレ注意】


【よかった点】
■ライブではかすれがちな、ユーミンの歌声が安定していて高温ものびやかだった。(近年の歌声劣化はかわいそうなくらいです)
・朝陽の中で~という高低激しい曲をよく歌い切った。

■三回の芝居の共通テーマ「時空を超えた純愛」が今回もふれていて、ブレない点

■三回の芝居の中で一番暗く重いストーリー展開だったこと(自分、根暗なもんで共感しやすかった)

■男の死んだ恋人への募る思いから、恋人の「クローン」を作るという設定。未来の課題に「クローン」は現実味があったから。

■クローン狩りのことを、「殺す」ではなくて「廃棄する」と表現していて、銀河鉄道999の「機械の体」の設定を思い出し、少年の心がきゅんとなった(笑)

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【いまいちな点】
■500年後なのに、現代じみていて、見ててしらけちゃった点
・「紙の診療カルテ」「携帯」など、ありえないかな。
・曲も「wanderer」「Love wars」「不思議な体験」の方が、未来SFチック感満載な感じがするが。このSF感と今回の純愛感のイメージは違うのかな。

■男(寺脇)とクローン女子(宮澤)が警察によって引き裂かれるシーンで、寄り添う沈黙の時間が長すぎて間延びした感が否めない。
・仕事帰りだったせいもあり、眠くなってしまったzzz
・すすり泣く客もいて、そのお決まり感にしらけ~

■刑事の息子(山田ジェームス武)が自分の母もクローンだったことを知り、号泣するシーン。
・曲の間、ずっと床にひれふして嗚咽。山田さんの演技力にはあっぱれ(よく毎回喉が持つなと)。でも、大の大人があの号泣はないなとドンびいてしまった。

■今回のテーマソング「朝陽の中で微笑んで」は静かでじんわりあたたかな中での重さというイメージを自分は持っていたのだが、演出は違った。
・クライマックスでこの曲の歌唱中、男とクローン女子がずっと叫びながら緊迫した引き裂かれるシーンだった。曲のイメージとちと違うかな。


まとめ


三部作とも、人間の内面世界に焦点をあてて、重々しいストーリー展開ばかりだったので、「恋の任侠」と称されたバブル期の曲設定で芝居しても面白いかな。

ざ・ユーミンってやつ。

例えば、丸の内のキャリアウーマンの恋模様や孤独を描くとか。
曲は、往年のヒット曲「リフレインが叫んでる」やホイチョイムービーで使われてたやつとか。

客層もバブリー世代なので、懐かしんでくれるんじゃないかな。

あるいは、ユーミンも年を重ねてこういう内面世界の芝居をつくってるんだろうから、もっと重くディープに。

たとえば、「コンパートメント」をテーマ曲にし、♪白い~ねむり薬~、とか、♪どなたか~わたしを~あわれんで~、とか。自暴自棄や自殺願望的などん底ってやつ。

もっとも、この手になると、みゆきワールドと重なってしまうかな?

三部作の中で、自分的には前回の戦時中をテーマにしたものが一番よかったかも。
特に、山場の全員が桜吹雪の中で円になって「春よ来い」を歌唱するシーンはぐっときた。

このショーは、ユーミンの曲がもつ抒情的な力を芝居で再現するという、ユーミンならではの試みだと思う。なんだかんだいいましたが、ユーミンには今後も続けてほしいですね。

恐怖!音楽番組放送中に現れた幽霊の正体とは?【音楽番組の闇シリーズ④】

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音楽番組の視聴者から
「あの歌手の歌唱シーンで幽霊が写っていた」など、
問い合わせ電話が多数寄せられることも。

今回は、
数ある事件の中から、
有名なものをピックアップ。

ただの幽霊ではないんです。
悲しいエピソードが重なるケースも。

これはネットのゴシップを集めたものなので、
信じるか、信じないかは、あなた次第です!


幽霊検証①「自殺した岡田有希子の亡霊か?」


人気絶頂だった岡田有希子は、
86年4月8日、所属事務所のビルの屋上から飛び降り
18歳という若さで亡くなりました。

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自殺理由は、
遺書にあった、ドラマで共演したベテラン俳優の峰岸徹氏の名前や、
うつ病だったという説など様々で未だ謎。

その直後、ファンの後追い自殺が後を絶えず、
「ユッコシンドローム」として話題になりました。

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当時、自分もニュースを知って呆然。
カネボウのCM曲「くちびるNetwork」で初の1位、
女に磨きがかかってた矢先だったので。
次作の「花のイマージュ」が発売中止になったのも
本当に残念でした。


その直後、巷で騒然になったのが、
「夜のヒットスタジオ」の中森明菜歌唱中に
ユッコの幽霊がいる
という視聴者の電話が殺到したこと。

明菜は当時、ユッコとライバル視されていました。
自殺の直後のベストテンで、
黒柳さんが「悲しいお知らせ」として説明している時、
明菜が下を向いて涙ぐむシーンが印象的でした。

当時、ワイドショーや週刊誌はこの話で持ちきりになりましたが、
幽霊と分かるできるシーンは断定できず。
迷宮入りになりました。

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問題の、ユッコの幽霊出現と騒がれた放送回。
両方とも、明菜が「ジプシークイーン」を歌唱している時のこと。

【86年5月28日の放送回】
↓↓これは、確実に、バックで聞いている女性歌手のシルエットでしょうね。
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【86年6月18日の放送回】
↓↓バックの白い顔をした邪悪なものの正体は「デーモン閣下
閣下の顔の左横の「ユッコの血まみれの顔」と騒がれた正体は、
登場階段上の赤い花
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「ジプシークイーン」の歌詞には、

125ページで終わった恋」
ユッコが亡くなったとされる時間は12時5分

アスファルトのベッドにため息こぼれる」
アスファルト目がけて飛び降り。

これらは偶然の一致でしょうか??


幽霊検証②「大塚愛の亡き元彼の逆拍手」


大塚愛が2005年にリリースした「プラネタリウム」
亡き元彼への思い出をつづったものらしい。

「行きたいよ君のところへ・・・」というサビが
妙に説得力を増しますよね。

この曲をMステでファンの前で歌唱中、
このファンの群れの隅に、青白い顔をした男がいて、
曲の最後の拍手で「逆拍手」をしていたというもの。

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逆拍手とは、手の甲での拍手のことで、
手話では「こっちにおいで」という意味らしい。
亡くなる前の彼氏は福祉の仕事をしていたらしい。

つまり、逆拍手をした男の正体は、
元彼の亡霊だというのだ。

これを見たスタジオのファンが失神したとか、
スタッフが大声を挙げたとか・・・
都市伝説化しているそうです。


幽霊検証③「嵐の二宮の後ろの画面の女の影に注目」


2004年8月13日OAの歌唱画面を振り返る特集シーン。

二宮くんの後ろの画面では、
当時出演していたドラマ「南くんの恋人」を流していたそうです。
右上の女性は共演者の深田恭子のはず。

でも、彼女の影を見てください。
まったく別人の影で、両手を掲げて驚いた様子の影
ちょっと笑えます。

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合成かどうかは定かではありません・・・



山下達郎のライブに行ってきました【64歳のプロ魂を見た】

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4年ぶり人生2度目の達郎ライブに、昨日6月10日(土)中野サンプラザに行ってきました!

64歳のおじいさんともいえる年齢で、3時間半にも及ぶ長丁場公演でも、つややかな張りのある歌声は終始健在。一切ぶれない。

歌声も、生演奏も、CDよりずっと上手いってアーティストそんないないんじゃないでしょうか?特に、この打ち込み全盛のご時世では。

前回もそうですが、プロ根性がはんぱなく、もう怪物!いや天賦の天才です。この人。


争奪戦のチケットと、いまどきのチェック体制


達郎さん曰く、「アリーナとかドームとか、大規模ホールに興味ないんだよね」の言葉どおり、前回もNHKホール、今回も達郎さんのホームグラウンドの中野サンプラザ。

ちなみに、今年の新宿ロフト?アニバーサリーライブに珍しく達郎さんご出演時は、キャパ約200人のところ、6万人もの申し込みがあったとか。トークで「マネージャーが『ドームできますよ』っていってたけど、一切やる気ないんです」って言いきってたし。

だから、イープラスの申し込み抽選しか、一般枠の方法はないんですよねー。今回のお客の多くが、ファンクラブや関係者ばっかだったようですし。

運よく当選!!1名だったのがよかったみたい。2階席でも9千円もしたけど、観覧後は納得、感動。

そして、今のご時世を反映してか、ネットの転売や会場前のダフ屋対策として、「チケットに本人名記載と会場入り口で写真付き身分証明書の提示。引き換えに手首に緑リングをして入場」という徹底ぶり

会場外にテントがあって、そこでチェックされるの。
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こんなリングを付けられました。
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最近ライブは御無沙汰でしたが、こんな厳重警戒のライブ初めてです(汗)。その甲斐あってか、会場前にダフ屋はゼロ。お客も自分と同じアラフォーからアラフィフ、アラ還くらいのおじさん、おばさん一人者の方が多いという不思議な現象に。


ライブの模様をレポートします


90年代、2000年前半まで、ほとんどライブやリリースをしなかった時期から一転。全国ツアーも今年で8年目なんですって。今年は「冬にツアーやる歌手がほとんどだけど、風邪ひくの嫌だから、今年は3~8月の夏にがんばります」って言ってた。北は網走まで49公演の折り返し地点。

自分、仕事が土日休みで平日夜はくたくただから、週末公演がいいんですが、なかなかありませんよね。でも、今回(土)当選は超ラッキーでした。

2階席の隅で見にくいかと思いきや、外出のまま大荷物を持っての会場入りだったので、脇の階段に置けてすっきり快適。舞台セットもよく見渡せる。はしっこの席って快適。

客層のおっさん、おばさん一人客はマナーもよく、集中してみられました。おっさん達は、達郎マニアらしく、こだわりの強そうなおタッキーぽさが特徴的。

舞台セットは、毎度おなじみの、ロンドンかニューヨークのダウンタウンの飲み屋街を彷彿させるような、おしゃれな街並みセット。最近の歌手のセットって、テクノロジーが進んで背面全面電飾画面でCGばかり映し出すのにあきあき。こういう立体的な雰囲気を醸し出す「情景を想像させる、聞かせる」アナログ演出って好きなんですよね~。

達郎さん登場するも、こちらも毎度おなじみ、Gパンとシャツっていうカジュアルな格好。暑いのにニット帽をかぶり、トレードマークのロン毛の生え際がそうとうやばいことになっているとお察しします・・・とても64歳に見えない若々しいオーラでした。

そうそう、公演終了後、2階席から下りる階段の混雑の中、嵐の松潤がお忍びで一人で見に来てました。一般客にまぎれるとほんと分からない。嵐のシングルを達郎さんが作った縁なのかな。芸能関係者って、1階ステージ前の席って印象あるけど、一般客と同じ2階席でも見るんだ~って不思議に思いました。


「セットリスト」はネタばれするから、印象に残った曲だけね。ってほとんど紹介


だいたい、新作リリース後にライブって多いけど、今回はリリースなしのツアーなんだそうだ。達郎いわく「今回の選曲は自分が好きな歌セレクト。そして、自分と同じ年配のみなさんが喜んでくれるような分かりやすい曲ばかりにした。もう年とって丸くなったからねえ」って言ってた。

おかげで、熱心な達郎ファンでない自分でも、知っている曲ばかり。昔の曲が多かったみたい。公演後、他のファンたちの会話を聴いていたら、「今回は超当たりだよね~」って言ってました。

(思い出しながら書いてるんで、順不同)
■SPARKLE
■風の回廊
■ターナーの機関車
■DONUTS SONG
■(セルフカバー)GUILTY(鈴木雅之)、ハイティーンブギ(マッチ)
■(アカペラ)ソーインラブ、スタンドバイミー
■(洋楽カバー)トムウェイツのヒット曲
■WAR SONG
■クリスマスイブ
■蒼氓
■get back in love
■高気圧ガール
■Ride ON Time
■FUTARI
■DOWNTOWN 
などなど多数。(あとは思いだせないよ~)



達郎さんのように気難しそうな職人気質のアーティストって、客層が聞きたいヒット曲よりマニアックな選曲ってパターン多いけど、達郎さんはその期待をいい意味で裏切ってくれます。知ってる曲オンパレード。

そして、セルフカバーなどいつもは絶対やらない他アーティスト提供曲もやっちゃう。サービス精神ばっちりなのです。
DSC_0037.JPG

この中で印象に残ったのは、「ターナーの機関車」。3ピースのアンプラグドコーナーだったから、達郎さんの声がよくわかる。サビの高音も見事歌いきってました。

ちなみに、トークでは、長丁場のライブで絶対できない曲として、キーがめっちゃ高い「ヘロン」だっていってました。

「GET BACK~」は自分のカラオケの十八番なので、あまりライブでやらないのに歌ってくれて感動。

「クリスマスイブ」から「蒼氓」への連結が対照的で、動から静って感じでよかった。こてこてヒット曲「クリスマスイブ」はあまり好きじゃなかったけど、演奏してくれて、しかもステージセットやライティングがめっちゃ素敵で一番華やかでした。

マッチの大ヒット曲「ハイティーンブギ」も、「もう年取ったら怖いものなし!」って初めて披露してくれたらしく、しかも変なアレンジなしで原曲に忠実な演奏で、みんなノリノリでした。

そして、終盤には恒例の「マイクなし絶叫シング」を高台で。すごい声量。

達郎ライブの、もうひとつの売りは「長めのトーク」でしょう。FMの御長寿番組では、クールに理屈っぽくMCしてる印象がありますが、裏腹に、ライブトークは本当に面白い

湯水が湧くようにすらすらとトークが出てくるし、他の人が言ったら角が立つブラックジョークも達郎節では嫌みがなく爆笑の渦。中野サンプラザネタが多かったです(笑)

あとは、さらっと言ってるんだけど、一言一言に無駄がないっていうか、納得できる重みがあるんですよね。器の大きさがにじみ出ているし、いい年の取り方をしてるな~って。

自然体で言ってるけど、サウンドと同じく緻密な計画があってこそのトークなのでしょうね。

このトークも、サウンドのこだわり同様に、コアなファン層をつかんで離さない魅力なのでしょう。


まとめ


しかし、来年から年金受給者だっている年なのに、3時間以上ぶっとおしのスタミナにあっぱれです。

ユーミンなど、高齢になると高音が出にくくなり、オリジナルキーは不可能になる歌手がほとんどの中、どうやってあの声をキープしてるのか不思議でたまりません。

小田さん、永吉、みゆき、そして達郎と、還暦を迎えてもなお艶やかな声で第一線を駆け抜けている大御所たちを見ると、音楽不況といわれる現代でも、若い層の歌手にがんばってほしいですね。

自分は、ライブに1回行けば、もう次はいいやってことが多いのですが、達郎はまた行きたいなと思わせる、匠の技光るライブでした。

残念!昔の歌唱VTRの再放送不可の歌手とは?【音楽番組の闇シリーズ③】 】

showa otyanoma in tv.jpg
近年、国内のヒット曲の市場規模縮小に伴い、
昔の歌唱VTRを放送する懐メロ番組が急増

音楽特番だけでなく、
ウィークリーの音楽番組も必ず懐メロコーナーを設けている。

CDTVとか、
生歌中心だったMステでさえも、
近年「○○年の月間ランキング」を毎週結構な時間割いて放映。
そんな時間あるんなら、今売り出し中の歌手を出してやれよって。

この状況だけでも、
現代のヒット曲が壊滅状態にあること、
そして、昔の歌の良さが見直されていること、
テレビ視聴者の高齢化などを実感。

ただ、
VTRは毎回同じ歌手の顔ぶれ。
なぜ、あの大物歌手○○は再放送されないのか

それには、いろいろな「大人の事情」があるのです。


まず、懐メロ再放送の形態を整理しよう


「再放送」といっても、様々な放送形態があります。

①サビの部分だけ再放送をする場合
現在、一番多いパターン。
特番、ウイークリーの音楽番組の懐メロコーナー、
どの地上波テレビ局でも同様の編集。

先日TBSテレビで放映された「歌のゴールデンヒット〜オリコン1位の50年間〜」でも、
ちょい長めのサビVTRのオンパレード。

ただし、この手の特番は、
ワイプや雛段で現在の年老いた歌手が登場し、
ついでに往年のヒット曲を使いまわしのしょぼいセットの前で、
しゃがれた声で歌うというものが多い。

懐メロマニアとしては、
こんな中途半端な再放送番組を期待してるのではなく、
純粋にカットなしの全曲を編集なしで当時のまま再放送してほしい

oricon golden hits.jpg

【「サビの部分」など曲の一部だけ放映する場合】
1曲まるごとの場合は再放送NG歌手も、
時と場合によっては、
OKになる場合が多い(放映料の関係か)

例えば、ジャニーズ、長渕剛、沢田研二、とんねるず、おニャン子クラブ、森昌子など。
視聴者市場を意識してか、
ジャニーズは、Mステなど最新番組では
SMAPや嵐など、
懐メロ番組では、近藤真彦や田原俊彦などをOKにしている。

おニャン子は、現在一般人になったメンバー(吉沢秋絵、永田ルリ子等)は、
モザイク処理
がされています。
おニャン子クラブ(セーラー服を脱がさないで).mp4_000098156.jpg


【曲の一部でも再放送NGの歌手は】
サザン、ドリカム、ラッツ&スター、EXILE初期(清木場のVTR)、岡田有希子
これらの歌手は、グループ脱退や薬物事件等があり、
登場する全曲が再放送NG。
現在のメンバーでのライブ場面に差し替えられています。

特にサザンはユーチューブでも昔のメンバーでの出演VTRは、
ほとんど掲載されていません。
というか、
掲載しても、事務所から削除要請がすぐ来るようです。
一番再放送の規制が厳しいのは、今のところサザンでしょう。

サザンオールスターズ 1995.05.22 マンピーのG★SPOT.mpg_000237498.jpg

岡田有希子の映像は、自殺後ずっとタブー視されていました。
ベストテンの年間チャート紹介時も、静止画だったし。
でも、
長い沈黙を破り、やっとサンミュージックが
有希子を風化させたくないと、映像を近年解禁しましたね。
でも、テレビでもあまり見かけませんね。

岡田由希子 ~ くちびるNetwork.mp4_000074314.jpg

それと、海外の歌手はNGがほとんど
海外の厳しい肖像権の関係でしょう。
ただし、トーク部分はOKだったりします。


②カットせず、1曲全てを再放送する場合
地上波では難しいでしょう。
CS局では可能だったりします。

【フジテレビTWO→ONE「夜のヒットスタジオ」の再放送】
98年から2011年まで再放送されましたが、
現在は休止。
ただし、ジャニーズ等の出演回は不可だったり、
出演シーン(歌唱以外の場面でも)をカットやモザイクで隠し、
完全な形での再放送は難しかったらしい。

NG歌手は上記とほぼ同じ。

現在ユーチューブに出回っている
高画質な動画は、この夜ヒット再放送が多いですね。
休止とはほんと残念です。


【その他の歌番組の再放送はCS「ファミリー劇場」「歌謡ポップスチャンネル」】
上記2つのCSでは現在も1曲全て再放送(不定期)されてます。
■日テレ「トップテン」
■フジ「ドリフ大爆笑」
■NHK「レッツゴーヤング」
■NHKのその後の歌番組(JUST POP UPなど)


ただし、トップテンは前述の夜ヒットと同じ規制があるので、
完全な放送回はおのずと減少・・・

不定期な再放送のために、高い視聴料を払いたくないので、
自分は残念ながら見られていません。

TBSザ・ベストテンが完全な形で再放送されるなら、
高い試聴料も喜んで払うのですが。
ベストテンの再放送は未だ実現ならず・・・
懐メロマニアの切なる願いでしょうね。

ちなみに、
ドリフ大爆笑での版権は井沢・オフィスが、
NHK歌番組の版権はNHKが全て買い取っているらしく、
再放送が比較的容易に可能になっているとのこと。

では、NG歌手を詳しくみていきましょう。


再放送NG歌手①「事件や脱退」


■サザン
大ヒット「TSUNAMI」の直後に、
ギターの大森氏が薬物事件を起こし脱退。
その後、一切5人での昔の映像はお蔵入り。
桑田さんは相当迷惑かかったんでしょうか?
ユーチューブでも一切見られないのが、ほんと残念です。

サザンオールスターズ 1996.05.20 愛の言霊 (3).mpg_000316979.jpg

■ドリカム
「SNOW DANCE」で、
キーボードの西川氏がアコギに初挑戦もつかの間、
こちらも薬物事件で脱退。
西川氏は現在、地元の北海道でDJしながら飲み屋を経営してるんだとか。

ドリカムは時代的に初期の頃からPVを制作してますが、
ずっとお蔵入り。
でも、
去年の結成20周年を祝うベストアルバムを契機に、
CDTVなどで、西川氏も写っているレコードジャケットや、
PV(go for it ,LOVE LOVE LOVE)の一部が解禁


さすがに、出演歌唱シーンではカットされてます。

20周年を祝うため、
バブル時の出演人気番組フジ「うれしい、たのしい、大好き」が
リメイクされましたが、
番組中に陣内孝則が、メンバー二人に対し、
「西川が今回いないのが淋しい、本当にいい奴だったんだ」
とコメントすると、
中村さんが「そうなんです。今も元気ですよ」と
連絡を取り合ってる風に、笑顔で応えました。
今はわだかまりはないようですね。

DREAMS COME TRUE - あの夏の花火.mp4_000151068.jpg

■EXILE
初代ツインボーカルの清木場さんがソロデビュー
その後は、VTRはお蔵入り。
TAKAHIROが新加入した際は、
初期の楽曲の多くをレコーディングし直す徹底ぶり。

その後、とある特番でメンバーが出演し、
atsushiが脱退後一切コメントしなかった、
清木場の良さを絶賛するシーンが印象的でした。
でも、その後はタブー視。

ただし、今でもATSUSHIと清木場の親交は続いているようで、
ライブ共演や、レコーディング共演してます。
事務所的に再放送NGってことなんでしょう。

EXILE 2001.09.27 Your eyes only.mpg_000051686.jpg

■ラッツ&スター(シャネルズ)
田代まさしが何度も薬物で逮捕され、
一度は復帰の手助けをしてたメンバーや芸能界協力者も離れ、
当時の再放送は絶望的。

かわりに、鈴木雅之らメンバーの一部が、
ゴスペラーズとのユニット「ゴスペラッツ」を近年結成し、
往年のヒット曲を披露。
でも、
やっぱ違う・・・

シャネルズ ランナウェイ.mp4_000114467.jpg

■SMAP
解散の余韻さめやらぬ状況ですが、
解散を契機に、
途中脱退した森君のレコジャケやPV、出演シーンの一部が解禁。

SMAP 1994.09.09 がんばりましょう.mpg_000025588.jpg


再放送NG歌手②「こだわりや美意識が強い気難しい歌手」


■沢田研二
70年代のジュリーの美しさと活躍ぶりと対照的に、
80年代以降は人気と美貌が急降下。
「灰とダイヤモンド」復帰前後は、
精神的にも低迷。

そのせいか、自分にストイックなのか、
以降、自分の再放送は一切不可。
版権を自分で買って所有しているとも。

懐メロ歌手になる下がるのが許せなかったらしい。

2007年になり、
師匠で作曲家の阿久悠さんの死去を契機に、
再放送を許可


今のデブオヤジの風貌からは想像できませんよね。

沢田研二   TOKIO.mp4_000218539.jpg

■長渕剛
この人、ザ・ナルシルトでしょうね。
幼少期からの自分の弱さへのコンプレックス、
そして、現在のマッチョな姿。
変容ぶりはすさまじいです。

ベストテン初期の「順子」出演では、
ひょろひょろのやさ男でしたから。

その後のヒット「ろくなもんじゃねえ」では
年末の豪華版の再放送で「黒の衣装のVTRを」
と強く注文したのに、「白の衣装」の出演シーンが放送。
中継のレコーディングスタジオからのコメントで、
ひきつった笑顔で文句いってました。

「乾杯」や「とんぼ」の出演回でも、
事前リハと本番の演出がこれほど違う番組は珍しいと、
これまた呆れた様子でコメント。

これを見るだけでも、
自分の歌唱映像に相当のこだわりが。

現在、昔の一部映像が再放送されることもたまにありますが、
ほとんどが、伝説のライブ「阿蘇」「富士山」の映像への差し替えです。

長渕剛 ろくなもんじゃねえ.mp4_000114557.jpg


再放送NG歌手③「夜ヒットやベストテン出演映像集のDVDを発売した場合」


■夜ヒット映像のDVDは
→山口百恵、中森明菜、沢田研二、ピンクレディー、

■ザ・ベストテン映像のDVDは
→山口百恵、中森明菜

数量限定版もあり、数万円という高額ですが、
ファンにとってみたら、お宝映像でしょう。

この発売が影響して、CSの夜ヒット再放送では、
2009年4月開始の再放送で放送可能だった山口百恵の出演回が
2010年1月リストから外されました。
同年6月に百恵出演の全てを収めたDVD-BOXが発売されたためです。

ピンク・レディーについても2009年4月以降の再放送ではリスト落ちしました。


再放送NG歌手のまとめ


■ジャニーズ
■長渕剛
■沢田研二
■とんねるず
■おニャン子クラブ
■森昌子
■サザン(初期)
■ドリカム(初期)
■ラッツ&スター
■EXILE初期(清木場のVTR)
■岡田有希子



このように、音楽番組の出演映像は、
肖像権等の影響で再放送が難しく、
ファンにとったら、どんだけお金を出しても買えない
お宝映像なのです。

だから、
自分は十数年来せこせこと、
音楽番組を録画してはダビング編集保存。
ユーチューブをチェックしダウンロード。
そのうち、もっと規制が厳しくなるので、
今のうちにと思ってます。




TBS「COUNT DOWN TV」のチャート集計方法が遂に変わった!【CD時代の終わりの到来】

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1993年から24年間も続く、
地上波の御長寿チャート番組。

TBSはチャート番組にこだわる
昭和をときめく元祖「ザ・ベストテン」から
バブル期の長期空白期間を経て
92~93「CountDown100(山田邦子と
渡辺正行)」で復活なるも短命。

そしてCGによる深夜番組として
CDTVが続くことになります。

ただし、
近年のCD不況と音源の多様化に伴って、
CD売上中心のチャートの音楽ジャンルの偏りに

つまらなさを感じてきた
チャートマニアも多いはず。

そしてついに
4月9日付けチャートから
集計方法をがらっと変えて
CDTVは生まれ変わった
のです。

いつかはこの日がくるなとは思ってたけど、
番組の途中で簡単な説明があっただけで、
チャートが一変するので一大事なのに、
チャートマニアとしては肩透かしをくらった感じ。


どんな集計方法に転換したのか?


従来は
オリコン順位+独自調査のCD売上+有線放送順位を加味
とあります(Wikiより)

ただし、番組中に集計方法について
説明した回はなかったと思う。
だから、チャートの信ぴょう性もあいまい

ザ・ベストテンの頃は、
4要素「レコード売り上げ、有線、ラジオ、はがき」
の各10位が番組冒頭に必ず紹介されたので、
嘘のないデータだと信じられましたが。

そして、4/9の回からは、
①CD売上
②音楽配信ダウンロード数
③動画サイト再生回数
④SNSのメンション数
、など

②~④が加味され、音源多様化に対応したな~と。
ただし、従来通り、
この4要素順位が公開されることはないようです。

この4要素って、
昨年リニューアルに踏み切った
ビルボードJAPANチャート」と
似てるかも?

ちなみにビルボードの元データは8要素
①CD売上(サウンドスキャンジャパン、Eコマース)
②国内主要音楽ダウンロードサイト販売数
(itunes,googleplay,レコチョク他)
③音楽コンテンツ動画再生回数
(YouTube,GYAO)
④AM・FM32曲のラジオ放送回数
⑤PCでCDを読み込んだ際のLOOKUP回数
⑥曲名と歌手名のツイート回数
⑦国内主要音楽聴き放題サービス再生回数
⑧歌詞表示サービスから推定するストリーミング回数


こう見ると、
昭和のデータベースの王様「オリコン」
の存在意義がますます低下


有線放送リクエストの価値も、
ネット文化に影響されて低下・・・。
お店で流れる曲を「10円使ってリクエスト」
する昭和の時代が懐かしいです。


CDTVの旧4/2付けと新4/9付けチャートでは具体的にどう変わったか分析してみた


【旧4/2付けTOP20位】
※歌手名のみで音楽ジャンル分け(曲名省略)

1(女性アイドル)乃木坂46
2(アニメ)the idolmaster
3(韓流)SNUPER
4(女性アイドル)BISH
5(女性アイドル)AKB48
6(ダンス)Flowback
7(JPOP)Dream Ami
8(ビジュアル系)VAMPS
9(演歌)市川由紀乃
10(演歌)氷川きよし
11(女性アイドル)原駅ステージA
12(ビジュアル系)カメレオ
13(男性アイドル)V6
14(韓流)Apeace
15(アニメ)GRANRODEO
16(アニメ)the idolmaster
17(ビジュアル系)Royz
18(ダンス)三代目J soul brothers
19(ビジュアル系)GACKT
20(演歌)三山ひろし
-----------------------------
【ジャンル別集計】
女性アイドル:4、ビジュアル系:4、アニメ:3、演歌:3、韓流:2、ダンス:2、男性アイドル:1、JPOP:1


女性アイドルが多数で上位を占めてます。
しかも、知名度なしの独立系アイドルも。

その他、アニメ、ビジュアル系、演歌、韓流という、
ファン層が限定されている歌手のみ

社会的に有名な曲・歌手というより、
一部のコアなファンのみがCDを買っているという
CD不況・チャート貧困化の実態が浮き彫り
に。


【新4/9付けTOP20位】
※歌手名のみで音楽ジャンル分け(曲名省略)

1(男性アイドル)sexy zone
2(女性アイドル)C-cute
3(女性アイドル)乃木坂46
4(俳優)星野源
5(男性アイドル)刀剣男士
6(俳優)菅田将軍
7(洋楽)オースティン・マホーン
8(ダンス)三代目J soul brothers
9(韓流)Apink
10(テクノ)Perfume
11(韓流)Block B
12(ロック)WANIMA
13(JPOP)Dream Ami
14(女性アイドル)欅坂46
15(ロック)Asian kung-fu generation
16(洋楽)エド・シーラン
17(JPOP)ANLY+スキマスイッチ
18(アニメ)どうぶつビスケッツ
19(演歌)山内恵介
20(俳優)Doughnuts Hole
-----------------------------
【ジャンル別集計】
女性アイドル:3、俳優:3、JPOP:2、洋楽:2、ロック:2、男性アイドル:2、演歌:2、韓流:2、アニメ:1、ダンス:1.テクノ:1



たった1週間の違いですが、
集計方法の変更により様変わりしてます。

■まず、ジャンルが多様化してます。
こうじゃなきゃ、チャートは面白くない!

■一般知名度が低い、独立系女性アイドルや、
ビジュアル系、アニメがほとんど姿を消しました


■かわりに、俳優、JPOP、ロック、洋楽が新たにランクイン

■6,7,14,16,20位の曲は、
音楽配信や動画再生のみによるランクイン
中でも6位菅田、14位乃木坂はCD発売前の先行配信のみ
おもしろいチャート現象ですね。
ザ・ベストテンの頃も、
発売前でもラジオ、ハガキ順位が高ければ、
20位以内にまずランクインしましたもんね。

■4星野、10perfumeは発売からだいぶたつも、
動画配信がぶり返したようです。
TV効果が出ています。

■女性アイドルは、独立系は消えましたが、
大手の秋元系、ハロプロ系は健在。

■洋楽が2曲ランクインしているのは面白い!
昔は「フラッシュダンス」や「ネバーエンディングストーリー」など、
上位でしたもんね。
ちなみに、どちらも動画、配信で、
7オースティンの曲は、ブルゾンちえみの曲だそうだ。


CDTVの新4/9付けチャートとビルボードJAPANチャートを比べてみると・・・


20位を比べると、
ほとんど違いがないことに驚き!
(多少の順位の前後はありますが)

ただし、CDTVの方が、
CD売上を重視しているようです

【例】
■(男性アイドル)刀剣男士
CDTV:5位
ビルボード:11位

■(韓流)Apink
CDTV:9位
ビルボード:16位


まとめ


やっぱりチャートが面白くならないと、
音楽界は盛り上がらない、
そして、時代に残る曲が生まれないでしょう。

そして、
地上波のテレビ番組が低迷しているも、
やはり多数の大衆向けの威力があるのも事実。

そう考えると、
CDTVのような地上波のチャート番組の存在意義と、
チャート混戦の面白さは、
視聴者に選曲の多様性を大いに与えるので、
今回の集計方法の大転換は
大いに意味がある
と思います。

お年寄りだって、
今の時代、
テープやCD購入ばかりでなく、
PCのYouTube再生くらい
常識になってきてますからね。

あ、余談ですが、
最近CDTVは頑張っていて、
過去の3歌手の出演映像を集めたDVDを発売
(ゆず、TRF、Every Little Thing)

著作権・肖像権の関係で、
音楽番組映像の販売化はタブー視されてきましたが、
その禁を破ってくれました。

ザ・ベストテンの映像も販売化されると
マニアにはたまらないのですが・・・



X-JAPAN toshiの洗脳騒動の元凶は、ベストテン出場歌手の元アイドルだった【音楽番組の闇シリーズ②】

sennou1.jpg
X-JAPANのtoshiの12年もの洗脳が解けて
近年の活躍はめざましいですね。

2年連続で紅白歌合戦に出場し、
昨年はゴジラをやっつけてました(笑)

3月からは、X・JAPANの自叙伝的
ドキュメンタリー映画「WE ARE X」
ハリウッド進出に向けて世界公開されました。
toshiの洗脳やhideの自殺など赤裸々に。

そんな長年の洗脳騒動の裏で、
あのベストテン出場歌手で
元アイドルの○○の存在
が。


洗脳前後のtoshiの画像を比べてみよう


まず、洗脳騒動を暴露した金スマの出演画像。
アーティストオーラ全開ですね。kinsuma toshi.jpg

この番組の内容、リアルタイムに見てましたが、
結構ショッキング。

カルト集団を主宰するMASAYA氏の巧みな誘いと洗脳。
妻の強引な監禁洗脳。

教団施設に自主的な名目で住み、
半ば強制的に監禁生活
暴言や暴力の日々、
toshiが一番のコンプレックスである
「あごのしゃくれ」を毎日罵倒され続ける。

そして、
「駄目男のお前には、お金を稼ぐしか方法はない」として、
MASAYA氏が作詞する自然崇拝のヒーリング音楽を、
小さなお店で演奏する日々だったとか。

その頃の画像がこちら↓↓

toshi sennout-tyuu.jpg

まったくロック歌手の面影がないですね。
ただの冴えないおっさん。
洗脳の怖さがわかります。


洗脳した元妻はベストテン出場した元アイドルだった!


みなさん、「守谷香」っていう80年代アイドル知ってますか?

1986年、松竹「ミス・レインボー」25,000人の中から
グランプリ受賞にてデビュー。
映画「アイドルを探せ」でデビューしました。

デビュー曲「予告編」は
なんとTBS「ザ・ベストテン」にランクイン


moritani kaori-yokokuhen.jpg

当時、テレビ歌番組の露出はほとんどなく、
一般的には無名に近いアイドル。

オリコンマニアだった自分は、
購入したオリコン裏表紙に、
この「予告編」の発売広告が全面に出ていて、
「しらね~アイドルだな。でも金かけてるな」
くらいの印象。

ベストテンに初登場10位で出演した直後、
TBSには苦情の電話が殺到
したとか。
「なんで売れてないアイドルがランクされるのか」
「ベストテンも金で動くようになってしまったのか」など。

moritani kaori-yokokuhen (2).jpg

たしかに、ルックスは清純派を装ってるけど、
奥二重の切れ長の目で、歌も下手。
曲ともどもぱっとしない感じでした。
ただし、作曲はあの「筒見京平」なんですよ~。

記憶が定かではありませんが、
ベストテンの4つの要素の一つ
「はがきリクエスト」で7位くらいに入ってって、
ファンの組織票が多いんだなって当時驚いた。

ちなみに、「予告編」のオリコン売上は、
最高位12位、総売り上げ4万枚
そう考えると、
ベストテンランクインもねつ造じゃなかったようです。

その後のリリースは、
2nd「あの空は夏の中」で最高位46位で、
その後はオリコン100位にランクインせず。

アニメのキテレツ大百科のOPも歌ってたそうです。


その後、toshiが主演したロックオペラ「ハムレット」で
相手役を務めたことがきっかけで、
4年越しの交際後の97年2月に結婚

kinsuma toshi singunkiji.jpg

そして、洗脳の主犯格として、
toshiに馬乗りになり、
「このアゴ男!」と罵倒し殴り続けるんですから。

次の画像は、洗脳の最中に、
とある情報番組にMASAYA氏と3人で出演し、
「洗脳はない」とtoshiが主張する一幕。

toshi-kaoru sennou.JPG

心配げにtoshiを見つめる守谷さんの表情が
どこか意味深ですよね。

現在は、WANKU(わんくぅ)という名前になりましたが、
活動は行っていないそうです。
MASAYA氏とできているって噂も。

↓↓WANKU時代の最近の楽曲の試聴↓↓
SEPTEMBER RAIN wanku moritani kaori Version
守谷 香
¥ 200

デビュー曲は超へたくそでしたが、
この曲は、カヒミカリィ張りの
アンニュイフレンチポップス目指してるのかな。
ミキサーでごまかしてるみたいだけど。


あの時代をときめくアイドルも、
様々な変容ぶりですね。
時代は流れているんですね。



表に出せない「夜のヒットスタジオ」の裏話【音楽番組の闇シリーズ①】

yoruhit title.jpg
ヒット曲の紹介だけでなく、
音楽番組に関するゴシップネタ
挟んでこれからお送りします。
記念すべき初回は、
昭和の歌謡史を作り上げた伝説の番組
「夜ヒット」のゴシップです。

夜のヒットスタジオとは?


当時の音楽番組二大巨頭といえば・・・
オケとセットの「ベストテン」
そして、
カメラと演出の「夜ヒット」

当時の歌手の間では夜ヒットに出演する事が一種のステータス
他では出演しない歌手たちも珍しく出演しました。

海外の名だたるスーパースター達も
毎週出演(口パクだったけど)

【夜ヒット放送の歴史】
昭和43年11月4日から平成2年10月3日まで22年間続いた長寿番組でした♪

■当初はフジテレビ月曜10時

■60年4月3日より「夜のヒットスタジオDELUXE」に改題。水曜9時から11時に。

■平成元年10月より番組を4分割、DX版の流れを継承する「夜のヒットスタジオSUPER」は水曜10時~11時に放送時間を短縮)放送された。


yoruhitto mc1 yoshumura-jun.jpg

【夜ヒット司会者の変遷】
■初代: 前田武彦・芳村真理-1968年11月4日~1973年9月24日
→司会者なし(ゲスト司会による輪番制)-1973年10月1日~1974年3月25日

■2代: 芳村真理・三波伸介・朝丘雪路-1974年4月1日~1974年7月
→芳村真理・三波伸介-1974年7月~1976年3月29日

■3代: 芳村真理・井上順-1976年4月5日~1985年9月25日

■4代: 芳村真理・古舘伊知郎-1985年10月2日~1988年2月10日

■5代: 古舘伊知郎・柴俊夫-1988年2月24日~1989年9月27日

■6代: 古舘伊知郎・加賀まりこ-1989年10月18日~1990年10月3日

※やっぱ、司会者の顔と言えば、ベストテンの黒柳さんと肩を並べる、芳村真理さんでしょ。先日TBSテレビ「歌のゴールデンヒット〜オリコン1位の50年間〜」に久々に登場。人差し指を口元にあてて「どうも~」の登場は健在。それにしても、御年81歳には見えない若さでした。




ゴシップ①:司会者等の暴挙


①加賀まりこ
前置きはこの位にして、
「夜ヒット騒動」と呼ばれる事件
知ってますか?

6代目司会者で女優の加賀まりこ
プリンセスプリンセスが引き起こした騒動です。

MCに大抜擢の加賀は、
初回早々に
「歌手にこびない司会をやる」と宣言。
毎回はらはらのコメントで有言実行(笑)
毎回、局への視聴者苦情電話もダントツだったとか。

【夜ヒット騒動の内容】
 プリンセスプリンセス出演時の冒頭、週刊誌に載ったハウンドドッグの大友とのデートをしつこく聞く。
 奥居に対して「あんたはブタね 生理中じゃないの?」プリプリ全体に大しては「なんか汚いわね」と発言。
 この時は奥居もメンバーも笑っていたがその後、 持ち歌を披露した後、楽屋に篭城し大泣きする事態となる。

 奥居は自分がパーソナリティーを勤めてたラジオ番組で 「あのおばさん感じの悪い人! 本当に嫌い!

 以後の夜ヒットの出演を拒否する事態となってしまう。



その他、加賀の暴言録は次のとおり。
■酒井法子へ「キャバクラに行けば一番になれるわよ」
■CoCo『はんぶん不思議』で出演  
「このお嬢ちゃん達は挨拶しないのよ」
「あんた達の方がよっぽど不思議よ」                 
■CHAGE and ASKAへ「(CHAGE)Cを取ったらハゲじゃない」
■徳永英明へ「ジョーズみたいな歯ね ブサイク」

こんな自由な過激発言が許されてた時代がなつかし~。
yoruhitto kaga-furutachi.jpg

②ダン池田
夜ヒット名物の生演奏バンド「ニューブリード」の
今は亡きリーダー、ダン池田

約20年もの間指揮を務めるものの、
夜ヒット終了の流れを受けて昭和60年に出演終了なるも、
本人の思惑と違い、
その後も夜ヒット続行。

それに気を悪くしたのか、
1年後の暴露本を出版、70万部もの売り上げ。
司会者のこと、
ジャニーズのT.T、K.Mという
下手な奴らの演奏なんてやりたくなかった・・・など暴露。
これで芸能界追放

初期の司会者井上順とは、
ノリのりで仲よさそうに番組盛り上げてたのにねえ。

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ゴシップ②:スタッフはまるで893


ここからは、ネットのゴシップをまとめます。
信じる、信じないはあなた次第です(笑)

■高見沢俊彦「夜ヒットは厳しかった。歌手はスタッフに絶対逆らえない。一世風靡なんか全員ビンタされてたもん」

■誰かアイドルが「ベストテンは家族みたいだったけど夜ヒットはガチで893みたいな人が仕切ってて怒鳴り声ばかりで恐かった」言ってたな

アルフィー出演時にハウンドドッグの大友乱入。予定に無かったフォルティシモをアルフィーの曲中に歌い、アルフィーのマネージャーがプロデューサーに殴られたらしい
→これ本当の話(アルフィーが言ってる)

■生放送中にディレクターがスタジオのオンマイクで直に司会者にダメ出し


ゴシップ③:出演者同士のトラブル


■吉田拓郎が布施明をボコった

五木ひろしがマンスリーの久保田利伸に歌唱中に「蹴り」を入れ、とんねるず、和田アキ子や司会の芳村真理が仲裁する一幕
→五木がデビュー当時の事務所1階にキックボクシングジムがあって、暇な時に練習してたらしい。

■竹本貴之と尾形大作が殴り合いのケンカしたのは夜ヒットの楽屋

■渡辺美里が出た時高校時代のラグビー部の仲間を呼んだら 、終了後「終わった…」とか言いいだしてすごい怒ってたらしい


ゴシップ④:計画通りの演出か?出演者のやりたい放題


■爆風スランプサンプラザ中野が次の歌手が使う予定のセットにダイブして破壊

とんねるずは暴れた時に芳村が自腹の飾り花をめちゃくちゃにした 。芳村に嫌われて本気で説教された

■長渕は番組のADをいじめてた

■ジュリーは自分のせいで何か失敗してもスタッフに八つ当たり+タコ殴り


番外編:その他の歌番組でのゴシップ


■日テレトップ10で渡辺徹が態度の悪いチェッカーズにブチ切れて 胸ぐら掴んで引きずり回し、チェッカーズ全員で土下座

■ベストテンで長淵は「順子」で客が手拍子したので生放送中にいきなり中断し、ちょっと手拍子やめてくれるかな!と日本列島を凍りつかせた

■薬丸と狩人弟がやりあったのがベストテン楽屋


※良くも悪くも、出演者とスタッフが
本気になって作り上げ、
世の中に影響を与えてた
伝説の番組ですね。

【自己紹介】懐かしヒット曲のチャートと音楽番組出演映像に興味をもったわけ。

bestten-ms-corner.jpg
最近、国内のチャートが面白くない。
アイドル、アニメ、韓流ばかり。

人々の心に残る歌もここ数年生まれていない。

絶望的な状況・・・

だからこそ、
昭和から平成初期にかけての、
青春時代の、
音楽番組全盛期の
きらきらしたヒット曲、

そして、
曲が生みだすお茶の間を巻き込んだ話題性や、
ふっと聞くと、
あの時代のあの思い出にタイムスリップできる。

今見直されるべきなのかもしれない。

だから、念願のこのブログを始めました。


①小学生の自分とヒット曲のかかわり


父親が残業から帰ってくると、
きまってTVは野球中継と決まっていたので、
帰ってこないことを願いつつ(笑)
日テレ「ザ・トップテン」を兄弟で見てました。topten-logo.jpg
ヒットチャートに生まれて初めて触れたのも、
この番組かも。

何しろ、
うちは「9時以降は大人の時間」ってことで、
子どもは9時前にさっさと寝る決まりでした。

でも、
トップテンは8時代の放送だったので、
クラスで「わらべって可愛いよね?」
「明菜の昨日の衣装と振り付け、すっごかったね」
なんていう友達間の話題に、
なんとかついていけたのでした。

でも、子ども心ながらも、
トップテンはなんだか幼くやぼったくて、
エレベーターでゲストが下りてくるのも、
初登場で写真をとるのも、
あまり好きじゃなかったな。


②中学生の思春期になり、チャートと音楽番組に目覚めた


部活が始まり、
友達とヒット曲の話題で持ち切りだったあの頃。

当時高価だったダブルカセットデッキを
小遣いをためて購入してうれしかったなあ。
お気に入り曲を1本のカセットに編集して、
友達と貸し借りし合ったっけ。


大人の時間「9時」以降にテレビを見てもよい年になり、
自分の部屋にテレビを置いてもらえ、
食い入るように、毎週木曜9時「ザ・ベストテン」をチェック。
もち、ラジカセと、チャートを記録するメモを前に置いてね。
besutoten-logo.jpg

ベストテンのよさは、
さすがTBS、セットの工夫された美しさ、
黒柳さんとゲストの絶妙なかけあい、
大人のエンタテインメントというスタジオの雰囲気、
いつもは出演しない系の気難しい歌手の出演。

そして、ベストテンのチャートの動きに興味をもち、
「3の倍数の得点」の出し方、
「11位以下の矢印でのチャートの動き」
これで、チャートマニアまっしぐらでした。


この頃、オリコンの存在を知り、
「オリコンウィークリー」を毎週月曜に、
本屋に駆け込んで購入してたっけ。
新聞折り込み広告の裏の白紙を利用し、
自作の週間チャートを毎週作り、
ベストテンチャートと見比べて萌えてたっけ。
チャートづくりは、1~2年くらいで意気消沈・・・


同じころ、「夜のヒットスタジオ」視聴デビューも果たしました。
MCの井上順と古館が交代する、
2時間「DELUX」の時代ですね。yoruhit-logo-big.jpg

やっぱりフジ、セットはださかったけど、
カメラアングルにプロ意識を感じ、
大物ゲスト登場やマンスリー企画に胸躍らせました。


③高校時代はバンド部に。一大バンドブーム到来


昭和の歌番組が続々と消えました。
ベストテンは半永久的に続くと思ってたから、
しばらくベストテンロス状態でした。

代わりに次世代歌番組「ミュージックステーション」開始。Mstation-logo.gif

開始当初は、視聴率低迷を防ぐため、
光GENJI毎週毎週投入したり、
ぱっとしない番組でしたが(中原理恵、関口宏が初代司会でしたよね)
今となってはタモリとともに御長寿番組ですからね~。

Mステの良さは、ライティングを貴重としたセットでしょうか。
昔の映像も古さを感じさせません。
だから、
アーティストが気軽に出演し、番組が生き残れたのでしょうね。


TBS深夜「いかすバンド天国(イカ天)」効果もあり、
若者の多くがバンドにあけくれる日々。
BOOWY、ブルーハーツ、プリプリ・・・
あの頃の若造はみんなとがってたなー(あ、自分もか)


④大学~社会人なりたての頃は、メガヒット連発


平成を迎え、
結構デジ系の音楽がもてはやされ、
小室系、BEING系全盛期。
BEING系なんて、たまーにMステに出るくらいで、
正体がほとんど謎の営業戦略。
Mステ放送後の「NO」というBEING宣伝の1分番組で、
ベールに包まれた「ZARD、大黒等」の
スローモーションで動く横顔映像にすっごく萌えでした。

ドラマ主題歌が軒並みミリオンヒット、
チャゲアス、米米、小田は誰でも口ずさめる曲だったなー。

チャートの動き、というか、
このころはCD売上枚数が面白かったですよね。

TBSの歌番組は、ベストテン終了後、
「音楽派TOGETHER(黒柳)」「カウントダウン100(山田邦子)」という
短命番組を得て空白期間になりますが、
待望の土曜深夜に「COWNTDOWN TV」が開始。cdtv-logo.jpg
予算がないのか、MCはCGキャラクターで、
チャート紹介が主で
ゲストは2~3組のみ。

でも、こういう歌番組の簡略化もありかなーと。
そして、学生時代やリーマン時代に突入したので、
もう9時以降は見れないなんてなく、
深夜の方が見やすいし(笑)

フジも久々に「HEY HEY HEY」開始。hey3 logo1.png

やっぱりフジのセットはダサい、
ぎらぎらしてる。
何より、ダウンタウンのつっこみが下品で苦手でした。
歌のスタジオ収録セットも、
毎度ファンクラブを動員し客の前で歌わせるっていう、
今につながる安易さがつまらなかったなー。

②21世紀が明けた現在・・・つまらね~!


歌を聞いても、情景がイメージわかないんですよね。
だから、思い出にもつながらないし、思い入れもない。

今、音楽番組で萌えるのは、
たまーに珍しい歌手が登場した時のMステ、
年末の紅白くらいかなあ。

こんな感じで、
自分の音楽とともに歩んできた青春時代は、
音楽番組とヒットチャートと一緒だったってことです。


今でも続けている趣味は・・・音楽番組の録画と編集


中学生の頃、アナログの家でもさすがにVHSビデオレコーダ購入。

家族と共用だったため、
たまーにベストテンや夜ヒットを録画できるくらい。
データはあまり残ってません。

でも、
学生時代に独り暮らしを始めた頃から、
自分専用のビデオデッキを購入したので、
当時、Mステ、カウントダウン100、MJなんぞは、
毎週録画
し、せこせことビデオダビングし、
歌の部分だけ編集を続けてきました。

DVDが登場し始めると、
ビデオデッキとDVDデッキをつなぎ、
撮りだめてあるVHSデータをこつこつと、
DVDデータへダビング
する日々。

でも、こうすることで、
部屋の中がかさばっていたビデオケースが、
あら不思議、
スリムなDVDディスクで省スペース化。

そうこうしているうちに、
時代は地デジ化、ブルーレイに移り変わります。

テレビ番組もアナログ放送が終了し、
デジタル放送に伴いCPRM(コピー制御機能)が付加され、
気軽にデータ編集できない時代
に・・・

そして、現在、
学生時代からの音楽番組録画・編集はまだまだ続けております。
Mステ、CDTV、Mフェア、SONGS、バズリズムなど・・・
毎週欠かさず録画しとります(暇じゃないんですけどね~、もうやめられません)

一番ネックなのは、先の「CPRM」の処理。
テレビ番組を孫コピーできないのです(涙)

でも、ない知恵をふりしぼって、
ネット検索して、
PCとある装置を利用して、
せこせこと、番組中の演奏部分だけ、
チャプター編集・アーティスト別に保存しています。


そうそう、
自分が一番胸ときめかせた、
「昭和後期の歌番組映像」は、
YOUTUBEから落とさせてもらってます。
なんて便利な世の中になったんでしょう。


今回は初回ということで、
自己紹介も含めて長々と音楽とのかかわりを記しました。

次回からは、
簡単に曲別のブログに挑戦しますのでお楽しみに・・・






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